新百合ヶ丘総合病院低侵襲脊髄手術センター長/岩沼市 総合南東北病院低侵襲脊髄手術センター長
水野順一先生に聞く 低侵襲脊椎脊髄手術の最前線
脳神経外科医が担う脊椎脊髄疾患の最新治療
医療法人社団 三成会 新百合ヶ丘総合病院 低侵襲脊髄手術センター長
社会医療法人将道会 総合南東北病院 執行本部長/低侵襲脊髄手術センター長
水野 順一 先生
Dr. Junichi Mizuno
【 専門科目 】 |
手足のしびれをともなう首や腰の痛みは、多くの人が経験する身近な症状です。仕事や日常生活に支障を感じるほど悪化する前に、一度専門医を訪ねてみてはいかがでしょう。
新百合ヶ丘総合病院の低侵襲脊髄手術センター長を務める水野順一先生は、日本脊髄外科学会の理事。頚や腰の治療を行う低侵襲手術の第一人者です。脳神経外科医として、脳や脊髄、末梢神経についての高い専門知識を持ち、脊椎脊髄疾患の顕微鏡下手術では全国屈指の実績を誇ってきました。
現在はさらに、内視鏡手術を核とする低侵襲手術の普及に向けた認定医育成のための技術指導や、手術の適応、手術方法の選択など、安全かつ確実な手術を実現するためのガイドライン作成に向けた取り組みも進めています。
高齢になっても元気に暮らすために知っておきたい最新治療。水野順一先生に、頚や腰の傷んだ神経の回復を目指す「体に優しい」手術の現状について、分かりやすく解説して頂きました。
顕微鏡と内視鏡を駆使する脊椎脊髄疾患の低侵襲手術
アメリカでは、脳神経外科は神経外科を意味するNeurosurgeryと呼ばれていて、脳から脊髄にいたるまでを包括した診療科です。脳神経外科の75%が脊椎脊髄の手術をしています。昔の日本では考えられないことで、アメリカに留学した私も驚きました。日本はそれだけ遅れていたと言えます。しかし今、日本の医療水準は高くなりました。留学も海外に学びに行くのではなく、むしろ国内留学と呼べるようなケースが増えています。私のところにも各地の大学病院などから若い脳神経外科医が、脊椎脊髄の低侵襲手術を勉強に来ています。
当院は開院して間もなく5年を迎えますが、この病院で私が執刀した患者さんは400名近くになります。
診療科の基本的な役割は地域医療ですが、私の患者さんの3分の2は他府県の方で、海外からも手術に訪れます。
現在は、新百合ヶ丘総合病院と、岩沼市の総合南東北病院で診療にあたっていて、両者を合わせると年間手術件数は250人前後。あまり待たせたくないのですが、手術の予約状況は2カ月待ちくらいになるでしょうか。
患者さんは、70歳代が中心年齢です。80から90歳代の方で心肺機能が低下している方は全身麻酔が難しくなりますが、腰の手術なら局所麻酔で済むこともあり、手術が可能です。私が手術した最高齢は96歳で、その方はもう100歳を迎えましたが、まだ自分の力で歩いています。女性の方です。男性は89歳です。
腰のヘルニアの手術を整形外科ではなく脳神経外科で行うというのは、一般の皆さんにはピンと来ないかもしれません。整形外科は外傷外科から発展した診療科で、骨の治療に主眼を置いています。脳神経外科は、神経の治療という視点に立ち、神経機能の回復を目指します。いかに症状を改善し、痛みから解放するか。
治療のタイミングを逃すと、傷んだ神経は元に戻りません。ヘルニアなどによる神経の圧迫が続くと、どこかで戻らない臨界点が来てしまうので、遅すぎないタイミングで手術を考えます。手術時間は難易度にもよりますが2〜3時間くらいで、出血もほとんどありません。
傷んだ神経の回復に主眼を置いた体に優しい手術
治療しようとする神経は細く、周囲には動脈や静脈がくっついていますから、良好な拡大視野と正確な手技が求められます。
脳神経外科医は、1980年代に入ってから手術用顕微鏡を用いた脊椎脊髄手術を進めてきました。
今でもそれがゴールデンスタンダードですが、数年前から腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症に対する内視鏡手術が行われるようになっています。
私も以前はすべて顕微鏡下手術でしたが、2年前から内視鏡手術に取り組み、症例数は100例を超えました。2日に1度の割合で行っています。
内視鏡を用いた手術は、体に1〜2センチ程度の小さな穴を開けて細い筒を入れ、そこからカメラや鉗子を入れて術野をモニターで見ながら手術を行います。
顕微鏡手術も内視鏡手術も、ともに傷口が小さくてすみ、筋肉や骨の損傷も抑えられる低侵襲手術ですが、内視鏡はより侵襲の少ない手術です。
ただし、40年の歴史がある顕微鏡と、歴史の浅い内視鏡では、やはりまだ差があります。顕微鏡に比べて見える範囲が狭く、正確な解剖学的知識と技術が求められる難しさがありますし、鉗子が細いので掴む力が弱く、術後にMRで確認すると少し病変が残ることがあるのです。
しかし、仮に脊柱管狭窄が90%しか治らなかったとしても、手術で失うものをできるだけ抑えれば、QOL全体としてはプラスになります。
患者さんにとっては、ほんの小さな傷で、痛みから解放されて、回復も早い。低侵襲のコンセプトに合致した「体に優しい」治療です。
写真:内視鏡手術の実例 51歳 女性 強い腰痛と右下肢痛(腰椎椎間板ヘルニア)
長寿化が進むなか、頚や腰の手術に求められること
一般的に私たちは保存的治療に重点を置き、安静、痛み止めの投薬、理学療法やリハビリを施し、それでも症状が改善しない場合に手術を行います。手術をせずに経過を観察し、ペインクリニックなどを紹介する場合もあります。
ただしブロック注射をやりすぎると癒着が起きてしまい、内視鏡の手術ができなくなることがあるので注意が必要です。
耐えがたい痛み、間歇性跛行(かんけつせいはこう)で歩けない方、それから身の回りのことができなくなった方、そういう患者さんに手術をするのが原則です。
脊椎脊髄の手術をする場合、長寿化が進む社会では再手術を考慮しておくことが求められます。平均年齢が延びていますから、手術は1回きりでなく、2回目もあり得るのです。60歳くらいの患者さんに、最初に旧来型の大がかりな手術をしてしまうと、再手術の際の難易度が高まります。腰椎を固定する金属製のスクリューなどがたくさん入っていて、手出しができないこともあります。低侵襲手術なら、2回目の手術もしやすいのです。
現在、日本人の3000万人が腰痛で困っていて、その原因となる骨粗しょう症は1300万人というデータがあります。圧倒的に患者数の多い疾患ですから、適切に治療していくことが、これから一層大事になります。
学会や研究会としても、内視鏡手術の適応や手術方法の選択など、考えられる課題解決に取り組み、安全で効果的な低侵襲手術の普及発展を目指したいと考えています。
体に優しいインプラント開発と治療法の進化
頚や腰のヘルニアを手術した後や腰椎すべり症の矯正で脊椎を固定する必要が生じた場合、以前は自分の骨盤から骨を移植する方法がとられていました。しかし、それでは本来傷つけないで良いはずの骨盤を痛めてしまいますし、傷も残ってしまいます。
こうした問題を解決するために、新しいインプラント(生体に埋め込む人工の医療器具)の開発も進んでいます。欧米からの輸入ではなく、日本人の体型や骨格に合ったもので、私も開発に携わってきました。現在開発しているインプラントも、もうすぐ臨床試験に入ります。
新しい治療法もいろいろと開発されています。脊椎圧迫骨折に対しては、バルーン状の手術器具を使い、椎体をセメントで安定させて痛みを和らげる方法(バルーンによる椎体形成術)など、患者さんそれぞれに合った手術ができるようになり、より良い結果が得られています。そうした意味でも体に優しく、高齢社会の要請に対応した手術が可能な状況になっていると思います。
写真左:頚椎椎弓形成術に用いるインプラント「Laminoplasty Basket」開発:水野順一、谷諭(2014年厚労省認定)
「Laminoplasty Basket」は、椎弓という骨の部分を扉のように開いて固定し脊髄の圧迫を取り除く「椎弓形成術」に用いられるインプラント。
内部に骨を移植することで、骨と骨を支えるだけでなく新たな骨を形成し脊椎再建に貢献する。また、スクリューで固定する方法により、容易な操作で強固な固定が得られる。
日本人の骨格に合わせて設計され、医療機器製造の優れた成果を表彰する第4回「MEDTECイノベーション大賞」(2015)で大賞を受賞。
セカンドオピニオンも利用して納得のいく治療法選択を
患者さんは、自分で納得できる最適な治療法を選択すべきです。治療に疑問を感じても、「先生の気分を害してしまうんじゃないか」と、患者さんは断れないことが多いのです。選択肢もなく、言われるままの手術を受けるのは最悪です。ですから、セカンドオピニオンを快く思わない病院や、情報公開しない病院には行かない方がいいです。最初に治療法を間違えたら大変ですから。
セカンドオピニオンを利用して2人の医師の意見は聞いた方がいいこともあります。だけど3人以上は駄目です。それは自分が決められないということです。私はそうした患者さんには「手術そのものを止めなさい」と言っています。
頚や腰の痛みで病院を訪れる人の7割は整形外科にかかります。脳神経外科は3割。初めから脳神経外科を訪ねる患者さんは少ないですね。整形外科と脳神経外科、それぞれの意見を聞いてみるのは良いでしょう。ところが、腰が痛い人の多くが最初に整骨院などに行ってしまうのは大きな問題です。本当は真っ先に病院に来てほしいのです。病院はMRIやCT、レントゲンなどを使ってきちんと診断します。
私たちは神経学的所見も踏まえ、患者さんの希望をお聞きしながら可能な限り低侵襲の治療法を提案します。つらい症状を取り除き、日常生活や仕事に支障のない状態を目指します。
しかし、そうしたことも、患者さんが知らなければ選択できません。医療を進歩させるだけでなく、患者さんに情報が届くことがいかに大事か。そこを解決するのはなかなか難しいのですが。
高齢者のQOL向上というニーズに応え得る低侵襲手術
腰の椎間板ヘルニアなどの内視鏡手術では、一番細い内視鏡を使うと日帰り手術が可能になります。今のところは1泊2日ですが、16ミリの太いものでも4泊5日。脊柱管狭窄症の手術などでも1週間以内で退院が可能です。
ですから、4日後にどうしても海外に出張に行きたい、という患者さんがいれば、内視鏡手術を提案します。
実際にメディコンパスクラブの会員の方でもそういう方が何人かいらっしゃいましたね。これまでに会員の方で私が手術した患者さん、ご家族を含めて6〜7人になりますか。
手術後の患者さんが今の生活をどれだけ維持できるか。手術が終わって退院して、「山登りができました」、「ゴルフに行きました」と聞くと非常に嬉しいですよ。テニスが好きな人は、テニスができるようにして帰してあげたい。
今日も患者さんから「入院のとき300歩しか歩けなかったのに、今は10000歩も歩いています」というお話をうかがいました。傷も小さいし、入院期間も短いのはもちろんですが、そんなふうに、入院したときよりも患者さんの機能を上げて帰してあげるのが、私の最大の目標であり、低侵襲手術のコンセプトです。
メディコンパスクラブには、健康寿命を長くしようという理念があると聞いていますが、私たちの診療の狙いもそこにあります。高齢の方のQOL(生活の質)を高める。脊椎脊髄の低侵襲手術は、そうしたニーズに応えられるものだと思います。
当院には現在、日本脊髄外科学会による「脊髄内視鏡下手術技術認定制度」の事務局が置かれていて、最高顧問を私が務めています。現在のところ、全国で認定医は5名ですが、これから飛躍的に増えていくでしょう。若手医師の育成にも力を入れ、脳神経外科による低侵襲手術では、当院がリーダーシップを発揮していきたいと考えています。
写真:低侵襲・内視鏡脊髄神経外科研究会
内視鏡手術を低侵襲脊椎手術の核としてとらえ、低侵襲手術全体の充実をはかるとともに、日本脊髄外科学会「脊椎内視鏡下手術手技技術認定制度」認定教育セミナーの施行や制度に関わる事務的作業を補佐する。
最高顧問を水野順一先生が務め、脊椎内視鏡下手術に携わる医師の養成に努めている。
水野先生への取材記事 |