総合東京病院 理事長/院長/メディコンパスクラブ理事 渡邉貞義先生に聞く
脳血管内治療の最前線と脳卒中の予防
切らずに治す脳血管内治療
医療法人財団 健貢会 理事長
総合東京病院 院長/脳血管内治療センター長
渡邉 貞義 先生
Dr. Sadayoshi Watanabe
【 専門科目 】 |
現在、日本人の死因第1位はがん。脳卒中は心疾患、肺炎に続いて第4位となりました。しかし、寝たきりになる病気の順位では脳卒中がトップ。健康寿命を長く保つためには、脳卒中の克服が未だ重要な課題なのです。
「しかも脳卒中の原因の75%が脳梗塞ですから、私たちはそこに力を注ぎたいと考えています」
そう説明するのは、総合東京病院院長の渡邉貞義先生。
脳梗塞とは、脳の血管が細くなったり、血栓で詰まって脳に血液が送られなくなる病気で、血流の再開が遅れると脳は障害を受け、命にも関わります。治療薬として血栓溶解剤t‒PAという画期的な薬も登場しましたが、発症後4・5時間以内に使用しないと効果がないという限界もあり、現在は脳血管内治療が注目されています。
血管内治療とは、特殊な器具を付けたカテーテルを使って血栓を除去し、血流を再開させる最新治療。ここ数年で急速に進歩し、9割近くの血栓が除去できるようになっているそうです。渡邉先生は、こうした脳血管内治療のエキスパートドクターでもあります。
脳卒中の征圧を目指す渡邉貞義先生に、最新の脳血管内治療と、脳卒中予防のポイントについてお話し頂きました。
寝たきりになる第一位の脳卒中
脳卒中とは、脳血管障害のことです。脳の血管に何らかの障害を起こす病気で、詰まる病気と破れる病気があります。血管が詰まるのが脳梗塞で、動脈瘤が破れるのが脳出血とクモ膜下出血です。
脳卒中はこれまで日本人の死亡原因の第3位でした。2011年の調査結果では肺炎に次いで第4位ですが、寝たきりになる病気の中ではトップです。
脳卒中の発症率は、心筋梗塞の発症率に比べて3〜10倍という統計もありますから、いかに脳卒中の予防と治療が重要かが分かります。
脳卒中の内訳では、以前は脳出血が多かったのですが、最近は血管が詰まる病気が増え、2009年には脳卒中の75%を占めます。ですから、私は脳梗塞の治療に特に力を入れたいと考えています。
血栓溶解療法と血管内治療
以前は脳梗塞になると、3分の1は亡くなり、3分の1は重度の後遺障害を残し、社会復帰できるのは残り3分の1ほどに過ぎませんでした。現在は半分くらいの方が社会復帰できるようになりましたが、1割が死亡し、残りの4割は何らかの後遺症を残します。
脳梗塞に画期的な薬剤が登場し、日本で使用が承認されたのは2005年。血栓を溶かすt‒PAという薬です。
しかし、当初t‒PAは発症から3時間以内でないと効き目がないとされていましたから、脳梗塞で救急搬送が間に合い、その恩恵を受けられる患者さんは5%以内でした。2012年8月からは4時間30分まで有効であることが認められ、治療を受けられる患者さんも増えましたが、それでもまだ時間的制約がありますし、「脳出血のリスクがないこと」という条件もあります。また、太い脳の動脈が詰まった場合には効きにくいことも分かってきました。この薬も万能ではない、ということです。
この薬の投与によって社会復帰できるのは30〜40%くらいです。そのため、t‒PAの適応がない場合にも可能な治療法として脳血管内治療が注目されています。カテーテルという細い管の先にデバイス(器具)を取り付けて治療し、血流を再開させます。発症8時間以内の治療が可能です。
t‒PAで治らない場合でも、患者さんを救える次の手があるということです。
写真左:回収されたステントと、動脈を閉塞していた血栓の一部。血栓を除去することで、血流を再開させる。
写真中:ステントと呼ばれるトンネル状のデバイスを血管内で開き血流を再開、詰まった血栓も同時に除去・回収する。
写真右:カテーテルを用いた血行再建術(脳血管内治療)中の渡邉貞義先生
最新の脳血管内治療で9割前後の血栓が取れる
血管内治療は、太ももからカテーテルを入れ、脳血管内の血栓を取って除去し血行を再建します。先端に付けるデバイスの進歩は目覚ましく、初期のデバイスではできなかった血栓を吸引して除去できるものが開発され、現在は狭心症の治療で使われるようなステント型のものが登場しました。
トンネル状の金属の網状のステントを血管部で広げて血流を再開させ、その後閉じて回収する際に詰まった血栓も同時に除去、回収します。
初期型の血栓治療デバイスは5〜6割しか再開通しませんでしたが、現在のステント型のものは8〜9割の確率で血栓を除去できます。
総合東京病院では、9割前後の血栓が取れ、血流の再開が可能な状況です。
t‒PAを静脈注射する際には、あらかじめカテーテルと脳血管撮影装置を用意しておき、時間をおかずに血管内治療ができる体制を整備しています。
脳血管内治療の症例から:血行再建術/85歳 女性 症状:意識障害、左麻痺
内頚動脈の梗塞を、ステント型のデバイスで治療。血流が再開通した。(血管撮影・アンギオ)
知っておきたい脳卒中の初期対応
どんな症状が出たら脳卒中を疑うべきか、覚えておいて頂きたいと思います。キーワードはFAST(ファースト)です。
FACE(顔面:左右非対称の動き)、ARM(腕:一方の腕が上がらないか、保持できない)、SPEECH(言語:うまく話せない)。このうちひとつでも当てはまれば、脳卒中の可能性は70%以上です。TはTIME(発症時刻)、時間が勝負です。FASTで急げということになります。
発症から早い時間であれば、薬や血管内治療を受けられる可能性があるのです。時間が経ってしまえば脳が死んでしまい、完全に治すことは難しくなります。いかに早く治療を受けられるかが大事です。われわれは、そこを何とかしたいわけです。残念なことですが、血管内治療は現在どこでも受けられる治療ではありません。救急搬送の際には、近くの病院で血管内治療が受けられるところに搬送してほしいものです。
脳卒中の種類とその予防
[1]脳梗塞
脳梗塞は、「ラクナ梗塞」、「アテローム血栓性脳梗塞」、「心原性脳塞栓症」の3つのタイプに分かれます。
細い血管が詰まってしまうのを「ラクナ梗塞」と言い、日本人に最も多い脳梗塞です。高血圧によって起こります。
「アテローム血栓性脳梗塞」は、動脈硬化で狭くなった太い血管に血栓ができ、血管が詰まるタイプの脳梗塞です。動脈硬化を進行させる高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病が主な原因です。
「心原性脳塞栓症」は、心臓にできた血栓が血流に乗って脳まで運ばれ、脳の太い血管を詰まらせるものです。原因として最も多いのは、不整脈の一つである心房細動です。
[2]脳出血
脳出血は、脳の中に出血する病態です。今の医学では壊れた脳を治すことはできませんから、何よりも予防が大切であり、血圧の管理が求められます。
[3]クモ膜下出血
クモ膜下出血は血管の動脈瘤が破裂して起こります。発症すると、半数以上の方が死亡するか、社会復帰不可能な障害を残してしまいます。
クモ膜下出血が起きると、頭をハンマーで殴られたような突然の激しい頭痛や、吐き気、おう吐、意識を失うといった症状を伴います。
救急搬送で病院に到着したときは、動脈瘤のところにかさぶたができて出血が止まっている状態です。もう一度出血が起こらないように治療します。つまり、再破裂の予防です。開頭してクリップでつまんで止めるか、血管の中からカテーテルで治療するか(コイル塞栓術)、動脈瘤の位置や形から、より良い方法を見極めて治療します。
[4]未破裂脳動脈瘤
未破裂脳動脈瘤とは、脳ドックなどで破れる前に見つかった動脈瘤のことです。欧米のデータから、ほとんどは破れないと考えられていましたが、日本人は出血することが多く、年間100人に1人くらい破裂することが分かってきました。
破れる前に治療できないか、という質問をよく頂きます。しかし、治療には大きなリスクがあり、亡くなる可能性も1%弱(0・5%前後)あります。こうした危険な手術を元気なときにするかどうかは、よく勘案しなければなりません。
[5]脳動脈解離と解離性脳動脈瘤
血管が裂ける脳動脈解離は、外側まで裂けると出血し(クモ膜下出血)、内側へ裂けると血管が盛り上がって梗塞を引き起こします(脳梗塞)。
原因としては、ジャズダンスやゴルフのスイングで首をまわしたら痛みを感じたなど、非外傷性の軽微なものが誘因になることもあります。この解離には明らかな症状が見られず、出血しなければ治ることが多いのですが、出血した場合はかなり重篤になります。発症当日に再破裂して亡くなるケースが多く、緊急の治療が必要になります。
[6]一過性脳虚血発作 TIA
脳卒中の前触れである一過性脳虚血発作(TIA)は、絶対に見逃してはなりません。
一過性脳虚血発作とは、脳に行く血液の流れが一過性に悪くなり、運動麻痺や感覚障害が起こるものです。その症状は24時間以内、多くは数分以内に完全に消えてしまいます。
一時的な半身の麻痺や手足のしびれ、ものが二重に見える、ちょっとの間言葉が出てこないといった症状があれば、大きな発作の前触れと考えてすぐに受診してください。
治療しないで放っておくと、症状が出てから3カ月以内に15〜20%の方が脳梗塞を発症し、しかもその半数は一過性脳虚血発作を起こしてから数日以内(特に48時間以内)に脳梗塞になることが分かっています。
一度症状が収まったからと気を許して様子を見るのは危険です。その夜寝てしまい、翌朝になったら動かなくなっている、タイムオーバーということもあります。
脳卒中の予防と血圧管理
総合東京病院では、脳ドックにも力を入れています。40歳を過ぎたら、ぜひ受診してください。
脳血管の場合、健康診断で一番のウエイトを占めるのは高血圧です。
白質病変、つまり隠れ脳梗塞のようなものが見つかったら、食事、生活習慣を見直していきます。
予防として最低限お願いしたいことは、高血圧の改善です。数値的に収縮期血圧(上)140以上/拡張期血圧(下)90以上は危険です。
心臓と脳は同じ血管の病気です。
脳梗塞や心筋梗塞などは、動脈硬化が基盤となって血栓ができ血管が詰まるという共通した発症経過を示します。統一して「アテローム血栓症(ATIS・エイティス)」と呼ぶことも提唱されています。
当院では、脳卒中になられた方は、心エコーなどの心臓検査もルーチンで行います。
脳梗塞の場合には、心原性の塞栓症かどうかも調べます。血管の病気は全身性の病気なのです。
総合東京病院の今後について
総合東京病院の脳血管内治療センターでは、先進的な急性期医療に力を入れるだけでなく、回復期、在宅期を見据えて200人近いリハビリスタッフとともに、社会復帰のための質もレベルもナンバーワンのリハビリを提供していきます。
脳腫瘍センターでは、福島孝徳先生のもと脳外科手術の実績を重ねています。
心臓の分野では、心筋梗塞や狭心症のカテーテル治療の第一人者である村松俊哉先生を副院長に迎え、心血管インターベンション治療センター長を兼任して頂いています。総合東京病院新棟の完成を機に、従来の循環器センターを拡充した心臓血管センターを立ち上げ、都内でも有数規模の循環器施設としてさらなる充実を目指します。
どれか一つだけではなく、総合的な力を高め、「すべては患者さんのために」、そして「すべての患者さんのために」。建物が新しくなっても、そんな心構えで頑張っていこうと思っています。
写真左:手術室と血管撮影装置などの最新技術が融合された総合東京病院ハイブリッド手術室 写真右:総合東京病院 外観