新百合ヶ丘総合病院 名誉院長/東京クリニック/メディコンパスクラブ理事 堀 智勝先生に聞く
脳神経外科の最前線
進化する脳外科手術
医療法人社団 三成会 新百合ケ丘総合病院 名誉院長
てんかん・不随意運動センター長/顔面けいれん三叉神経痛治療センター長
堀 智勝 先生
Dr. Tomokatsu Hori
東京女子医科大学 名誉教授 【 専門科目/分野 】 |
【 Profileプロフィール 】
1944年東京都生まれ。東京大学医学部医学科卒業。
鳥取大学教授、東京女子医科大学教授を歴任し、現在は新百合ヶ丘総合病院名誉院長。東京クリニック顧問も務める。東京脳神経センター病院院長。
【 学会活動等 】
日本脳神経外科学会専門医認定試験委員/日本脳神経外科学会会長(名誉会員)/てんかん学会会長(名誉会員)/脳卒中学会理事、日本疼痛学会名誉会員/日本ヒト脳機能マッピング研究会理事長(名誉会員)/海馬と高次脳機能学会幹事・世話人・会長/脳卒中の外科学会理事(名誉会員)/日本間脳下垂体腫瘍学会理事(名誉会員)/日本定位脳手術学会理事・会長(名誉会員)/日本てんかん外科学会理事(名誉会員)/日本老年脳神経外科学会名誉会員/関東認知症脳外科学会代表世話人/日本脳神経外科認知症学会会長(2018年6月) 他多数
脳神経外科の進歩には目覚ましいものがあります。MRI、CT、PETなどの医療機器は、見えない頭のなかを映し出し、脳の働きに対する理解も進みました。
「それだけに、脳神経外科医には画像診断を含めた幅広い知識と経験が必要とされています」
そう語るのは堀智勝先生。てんかん治療の第一人者であり、覚醒開頭による脳外科手術を国内で初めて行った脳神経外科医として知られています。
名誉院長に就任した新百合ヶ丘総合病院では、最新のサイバーナイフ治療によって著しい治療成果をあげるとともに、イスラエルで開発された超音波集束装置の治験にも着手、世界初の側頭葉てんかんの集束超音波治療に成功し、脳神経外科領域の多様な症例への応用にも取り組んでいます。
「新百合ヶ丘総合病院を脳手術のメッカにしたい」と語る堀智勝名誉院長に、脳神経外科最前線の話題についてお話し頂きました。
脳の一点に超音波を集束させる最新治療装置の導入
新百合ヶ丘総合病院では、イスラエルで開発された世界最新の超音波集束装置(EXアブレートニューロ)の治験を始めました。この装置は現在、アメリカ、カナダ、スイス、韓国、イスラエル、日本にしかない最新の医療機器で、関東では唯一、当院だけが導入しています。世界でもまだ30カ所にしかありません。
この装置は、MRIを見ながら脳の一点に超音波を当てます。手の震えが止まらない本態性振戦という病気の患者さんの場合は、脳の視床(腹側中間核)にピンポイントで超音波を収束させます。すると手の震えが収まります。
これまでは脳を露出させ、電極を入れて治療していましたが、この超音波集束装置は頭に穴を開けず、狙ったところにピンポイントで超音波を当てることができます。周辺組織に影響せず、安全性が確保できる非常に画期的な装置です。治療の際には少し頭部を固定し、髪の毛を切りますが、患者さんにとっては脳に穴を開けられるよりは断然いいですよね(笑)。
2013年4月の時点ですでに適応のある症例としては、視床痛や脳血管障害の後の痛みがあります。それから、本態性震戦。これが一番適しているようです。
新百合ヶ丘総合病院で1例目の患者さんは本態性震戦です。職業はタクシーの運転手ですが、手の震えが止まらなくなって運転ができず、一も二もなく治療してほしいということでした。
治療は朝の10時半頃から夕方の4時半頃まで、最初ですから時間をかけて慎重に行いました。結果としては非常にうまくいきました。かなり安全だと言えるでしょう。患者さんには外来に来て頂いて治療後の様子を診ていますが、右手の震えは収まり、渦巻きもきれいに描けるようになっています。
てんかんの患者さんの治療もすでに2例行っており、今後も増加するでしょう。
世界的には脳腫瘍に関しても何例か適応があります。ある施設だと15例くらいやっていて、1年後の追跡では85%の方が良くなっています。副作用として、しびれがちょっとあるくらいですね。
今後は、パーキンソン病、それから中枢性の神経痛、脳腫瘍、それと、これは日本では難しいかもしれませんが、強迫神経症などに応用が進むだろうと考えられています。
神経回路機能の回復の効果も期待されます。脳卒中などの血管障害に起因する脳機能障害への適応や、血管が梗塞を起こしてできる血栓に対しての溶解療法にも使えるでしょう。超音波をあてたときの温度効果を利用して、たとえば脳腫瘍のところにだけ静脈注射で入れた薬剤が入っていくようにする使い方も考えられます。非常に応用がきくわけです。
超音波集束装置 ExAblate Neuro(EXアブレートニューロ) 治療イメージ
治療にあたってはヘルメットのような器具を頭部に装着。3.0TMRIで目標を正確にビジュアル化して治療が行われます。
超音波はピンポイントで集束されるため、周辺組織への影響が抑制されます。
脳機能マッピングと覚醒開頭手術成績を向上させる手法
以前教授職を務めていた東京女子医大の手術成績はとても良いものでした(笑)。
その当時の全国統計データが出ています。たとえば、グリオーマの手術成績。悪性度を示すグレードが3の場合、5年生存率の全国統計は25%ですが、女子医大では69%でした。グレード3で非常に治療成績が伸びたというのは画期的なんです。では、どうしてそれほど良い成績が得られたかというと、実はいくつかの理由があります。
その一つは、脳を刺激して、ここは運動に関わる場所であるとか、ここはしゃべることに関わっているなど、脳のその場所がどんな機能を担っているかをしっかりと把握する脳機能マッピングの積み重ねと理解です。
もう一つは、覚醒開頭の手法です。手術で実際にしゃべりながら脳を刺激し、しゃべれることを確認しながら腫瘍をとる手術を進めます。
実はこれを日本で最初に行ったのは私です。手が動かせるかどうか質問して、動作も確認しながら、安心して脳外科手術ができるわけです。この手法は、その後、術中MRIというものに発展していきました。
これらの手法をすべて使って手術をすると、格段に成績が上がるわけです。新百合ヶ丘総合病院でもこうした手法の確立を進めていきたいと考えています。
脳機能マッピングから分かる脳と腫瘍の不思議
脳機能マッピングによって、不思議なことも分かってきました。
たとえば、言葉が理解できない、右と左の判断ができないなど、いろいろな症状が出てしまう大脳半球の場所に腫瘍ができることがあります。
ところが、腫瘍があっても、脳機能マッピングをしてみると、腫瘍のなかには機能に影響するものがあまりないことが分かるのです。ですから、腫瘍のほぼ全部を手術でとることができます。
2週間ほど前にも、同じようなところに腫瘍のある患者さんの手術を行いました。腫瘍はだいたいとれて、後遺症も出ていません。
今、言葉に関係する場所に腫瘍ができた患者さんもいるのですが、手術は覚醒開頭を計画しています。
言語や機能は、本来は脳の特定の場所にあるはずなのですが、悪性の腫瘍があると、ちょっと場所がずれるんですね。だから、脳の働きを犠牲にせずに腫瘍をとれると考えられるのですが、脳のマッピングの手法を用いると、そういうことが分かってくるわけです。
写真左:フランス サントアンヌ病院 脳神経外科で執刀中の堀智勝先生
1973〜1975年 タレアック教授のもとに留学
写真右:脳機能マッピングに関する研究の一例
言語運動野など、脳機能と血流量の関係などを見る上で重要なタレラックの座標
新百合ヶ丘総合病院を脳手術のメッカに
腫瘍に関するこれまでの手術では、良性でも悪性でも、格別の成績を出してきました。
頭蓋咽頭腫というのは一番難しい手術で、これまで世界で一番成績の良かった医師は全摘率が90%です。ところが術後16・7%が亡くなっています。再発もあります。
私の成績は全摘がだいたい82%、術後半年以内の死亡はゼロです。データの見方というのも難しいですが、私が世界で3番目くらいでしょうか(笑)。
新百合ヶ丘総合病院には、治療が難しい患者さんがたくさん来るようになってきました。
中年のある女性の場合、8年くらい前にほかの病院で手術を受けたのですが、腫瘍はほとんどとることができず、シャントチューブというものを埋め込んでしのぐような処置を受けていました。ところが、ちょっと最近ふらふらするというので、当院を受診しました。
検査画像を見ると、脳室のなかの腫瘍は驚くような大きさでした。そもそもが前の病院で手術をためらったほどですから、難しい手術になりましたが、結果は成功です。退院し5年が経過しましたが、再発はありません。
東京女子医大で行ってきた治療や手術も、新百合ヶ丘総合病院の新しい機器を使うと、より良い成績につながります。
私たちは、新百合ヶ丘総合病院を脳手術のメッカにしようと考えています。現在、治験を行っている超音波治療機器(EXアブレートニューロ)の応用も、これからスポットライトを浴びることになるでしょう。非侵襲の体に優しい治療、手術の進化です。いくつかの大学病院も導入したいと考えているようです。
有効性の高いサイバーナイフ治療
サイバーナイフの成績はとても良いものです。第4世代という最新のものですから、すべての面でうまくいっています。狙ったところだけを集中して治療できます。呼吸と心臓の動きに同期させて放射線を当てることができますから、正確です。少量分割と言いますが、5回くらいに分ける方法がとても良いようです。
私は、グリオーマという病気に対してサイバーナイフを多く使っています。東京女子医大にいた頃、普通の放射線では治療に1か月半くらいかかっていましたが、サイバーナイフは2日から5日程度です。保険でもカバーできます。しかも、成績は同等か、それ以上だと感じています。抗がん剤、ワクチンを併用し、今まで私が当院で治療した患者さんは、すべて生存しています。
かなり難しい脳幹腫瘍の患者さんも、腫瘍がふうっと小さくなってしまいました。今度退院します。
高校3年生の女子の症例では、ものが二重に見え、顔面神経麻痺もひどい状態でした。治療後は、まだ少し二重に見える状態はありますが、麻痺もなくなって、一生懸命に受験勉強に励んでいます。驚くほどの効果でした。
手術との成績の厳密な比較はまだできませんが、サイバーナイフは頭頚部のがんに対してとても効果的です。
大がかりな外科手術は避けたい。命は助かっても、声を失ったり、あごをなくして生きていくのはつらいから、メスを入れず、切らずに治療できるサイバーナイフで治療を受けたい、という患者さんが来られます。
将来的には、現在治験に取り組んでいる超音波集束装置も、脳腫瘍の治療に使えると考えています。特に視床腫瘍に関して、上手に使えば手術も放射線も使わずにすむ可能性があります。
サイバーナイフで腫瘍を小さくしておいて、超音波で焼くということも可能でしょう。いろいろなオプションが考えられます。
新百合ヶ丘総合病院の魅力
新百合ヶ丘総合病院の体に優しい「無侵襲」、「非侵襲」、「最小侵襲」というコンセプトは、患者さんにとって大きな魅力になるはずです。
当院には全国から患者さんがやって来ます。日本国内に限らず、ヨーロッパ、アジア、ロシアと、海外からも患者さんが訪れています。
今日もインドの方が来られました。「お母さんがインドにいるけど、メモリー(記憶)が悪いから治してほしい」という相談で、今度当院に連れてくることになりました。
認知症まで扱うのは大変なのですが、脳神経外科としては取り組むべき課題として捉えようと考えています。
脳神経外科として高齢化社会の認知症問題に向き合う
アルツハイマー病や認知症は、精神科、神経内科、老年科の病気という概念が皆さんにはあるかもしれません。ところが治療することのできる認知症というのは、ほとんどが脳神経外科が扱う領域の疾患です。
つまり、認知症には血管性のものがあるということです。まず、血管性認知症を治療すべきです。脳腫瘍、正常圧水頭症という病気が物忘れなどの原因になっていたり、てんかんが認知症の原因になることもあります。
ですから、脳神経外科学会でも認知症をテーマにとりあげる予定です。
保険認可されている認知症の薬にアリセプトというものがありますが、それ以外にも認知症に効くというサプリメントがありますから、そんなこともセミナーではとりあげてみたいと考えています。
関東の脳神経外科医が集まって認知症の学会も立ち上げました。私の所が事務局です。
認知症の問題は、これからが深刻です。2015年には団塊の世代全員が65歳以上になり、2025年には後期高齢者(75歳以上)になります。その頃には4人に1人が認知症になるのではないかという予測もあります。脳神経外科としては、これから大仕事が待っていると感じています。
堀 智勝先生の著作から
一般向けに書かれた「くも膜下出血」についての予防を含めた解説書や、「てんかん」治療の専門書 他多数