東京クリニック(取材当時)/現・昭和大学横浜市北部病院 消化器センター センター長
工藤進英先生に聞く 大腸がん—内視鏡検査・治療の最前線
大腸がんでは死なせない/内視鏡検査と見えない陥凹型がんをめぐって
医療法人財団 健貢会 東京クリニック(取材当時)
工藤 進英 先生
Dr. Shinei Kudo
昭和大学医学部教授 上海復旦大学付属華東医院 終身名誉教授 米国消化器内視鏡学会 国際会員 米国消化器病学会 国際会員 【 専門科目 】 |
大腸内視鏡は先端から空気や水を出し入れし、曲った大腸を膨らませたり縮ませたりしながら、左手のコントローラーでカメラの先端を曲げ、大腸の壁をつぶさに観察していきます。
大腸に内視鏡を挿入するのは簡単ではありませんが、工藤進英先生はたった3分で肛門から大腸の端にある盲腸までカメラが届いてしまうそうです。
異常がなければ検査は5分ほど。高速で痛みの少ない手技はさまざまなメディアでも紹介されてきました。これまでに手がけた大腸内視鏡検査は10万例をゆうに超え、海外で行う内視鏡ライブでは、その手技を目にした医師たちが〝ゴッドハンド〟と驚歎の声を上げるそうです。
それだけではありません。通常の専門医が見逃してしまうような大腸がんも工藤先生は内視鏡を駆使して瞬時に見つけ出してしまうことから、〝神の目をもつ医師〟とも称賛されています。
〝幻のがん〟とされていた陥凹型大腸がんを発見したことでも世界的に著名な工藤進英先生に、食の欧米化で日本人にも増えているという大腸がんと、その早期発見に欠かせない内視鏡検査について、分かりやすく解説して頂きました。
大腸がんをめぐる日本の現状 40歳を過ぎたら大腸内視鏡検査を
—欧米人に多いとされてきた大腸がんが近年、急速に日本人に増えているということですが。
現在、日本人の大腸がんによる死亡者数は、女性のがんの中ではトップです。このまま行くと、将来的には、男女合わせた日本人のがんの中で、死因の第1位になるのではないか、という予測もあります。
大腸がんが増えている理由としては、日本人の食生活の欧米化があげられます。
消化管のがんというのは、その食事の内容によって、発生率が大きく変わってきます。高脂肪・高カロリー食を摂るようになってきた現代の食生活や、本来日本人の食生活の中に多く取り入れられてきた繊維のあるものを食べなくなってきたという傾向も無視できません。
繊維のあるものを多く摂ると、便通が良くなり、食べた物が腸の中で停滞する時間が少なくなります。大腸がんを予防する上でも意識したい食物です。
また、車社会の浸透などによる現代人の運動不足ということも考えられますし、ストレスも大きな要因としてあげられるでしょう。ストレスがかかると免疫機能がかなり抑制されるので、生体が持っているがんを殺す機能が弱くなります。
先日のメディコンパスセミナー(2009年6月)でもお話しましたが、大腸がんの死者が増加するという予測に、私たち専門医は、悔しくはがゆい思いをしています。
大腸がんは、内視鏡を用いた精度の高い検査を行うことで早期に発見することができますし、早期治療で治癒率はほぼ100%です。有効な検査と治療法によって、大腸がんは克服できる段階に来ているわけです。
つまり、検査の受診率を上げ、適切に治療すれば、がん死の1位にはならないし、その気になれば死者ゼロを目指すこともできるのです。
精度の高い検査法とは「大腸内視鏡検査」、つまり、大腸に内視鏡を挿入して行う検査を指しています。
多くの方がこうしたことを理解し、40歳を過ぎたら、一人でも多く定期的に大腸の内視鏡検査を受けて頂きたいと考えています。
大腸がんの早期発見のためには内視鏡検査が重要
—大腸がんを早期発見するためには、やはり内視鏡が一番なのでしょうか。
大腸がんの検査というと、まず便潜血反応検査や注腸X線検査を思い浮かべる人も多いでしょう。ところが、大腸がんは早期には症状が現れにくく、症状が現れた段階では進行していることが多いので、やはり内視鏡検査が必要です。
便潜血反応検査は、便に含まれる血液を見つけ出す検査です。大腸がんのうち、キノコ状やイボ状に盛り上がったタイプ(ポリープ型)のがんがある程度進行して出血すると、この検査で発見できます。
しかし、早期のがんや、平たいがん、くぼんだ形(陥凹型)のがんは、この検査では見つかりません。
注腸X線検査は、腸にバリウムを入れてレントゲン撮影する検査法です。広く行われていますが、内視鏡検査に比べると、はるかに精度が劣ります。
ですから、大腸がんの早期発見には、内視鏡検査が適していると言えます。
大腸内視鏡検査とは
—大腸の内視鏡検査とは、どのようなものなのでしょうか。
内視鏡検査は、肛門から内視鏡を挿入し、大腸壁全体を医師の目で確認する検査法です。熟練した医師なら、短時間で、早期がんや陥凹型を含めた大腸がんを見つけることができます。
ちなみに、かつては大腸がんはすべてポリープ型で、陥凹型はないと考えられていました。陥凹型が最初に日本で見つかったあとも、正式な大腸がんの1タイプとは認められませんでした。
そこで私は、外科医としては専門外であった内視鏡検査の腕を磨き、精度とスピードを高めて膨大な数の症例を診ました。その結果、100例に1つという頻度の陥凹型を次々と見つけ、その存在を世界に認めさせることができたのです。陥凹型の大腸がんは進行が早く、悪性度が高いことが分かっています。しかし、内視鏡検査を定期的に受けていれば、陥凹型を含めた大腸がんを早期に見つけることができます。
大腸内視鏡では、必要に応じて検査をしながら病変部を切除できます。早期の小さいものなら、その場で治療もできるのです。
写真左:大腸がんの進行度 写真右:大腸がんのステージ分類
工藤進英先生は、大腸がんで亡くなる方を1人でも多く減らすために、大腸がん検診を広く継続的に呼びかけ、受診の輪を広げるため、“BRAVE CIRCLE”《大腸がん撲滅キャンペーン》にも積極的に関わり、活動を支えています。
陥凹型大腸がん発見の頃
—先生が陥凹型大腸がんを発見してからも、「大腸がんはポリープから進行する」というそれまでの定説を覆すまでには大変なご苦労があったそうですね。
新潟大学を卒業し、消化器外科医として医局に残ったのですが、その当時、大腸がんは飛び出したポリープ型がほとんどで、くぼんだがんは世界に数例しか見つかっておらず、まさに〝幻のがん〟でした。けれども見つかりにくいのは検査技術のせいかもしれないと考え、内視鏡で膨大な症例の観察を続けました。
最初の発見は1985年、秋田赤十字病院に移った直後のことです。内視鏡でポリープ型のがんを取ろうとしたら、すぐ横に陥凹型のがんがあったのです。この時、色素をかけてやると陥凹型がんが見えやすくなることも分かりました。3ヵ月後に2つ目を発見し、以後は次々と見つかりました。
私は「ポリープががん化する」という学界の定説(イギリス・モーソン学派)が誤りだと確信し、早期がんから進行がんへと進む仕組みの解明を進めたのですが、むしろこの陥凹型のがんが悪性のものになっていく比率が高く、進行のスピードも速いことが次第に明らかになっていきました。ところが、なかなか学会では認められないのです。秋田の風土病とか、クドウ病とさえ言われたほどです。(笑)
ようやく認められたのはそれから11年後、フランスの消化器内視鏡学会でのことです。ヨーロッパでは実際の治療を公開するライブが盛んに行われており、私も招かれて大腸の内視鏡検査を実演しました。すると、偶然にもライブ中に陥凹型がんが見つかったのです。
実際に目で見るほど強いものはありません。「陥凹型がんなんてありえない」と言っていた研究者たちも、ついに認めざるを得なくなりました。「ありえない」はずのものが目の前のスクリーンに大きく映っているのですから。(笑)
写真左:〝幻のがん〟陥凹型大腸がん(ステージ Ⅱc)
進行が速く、危険ですが、「便潜血反応検査」や「注腸X線検査」では見つけられません。特殊な色素で染めると上のような鮮明な画像が得られます。
写真右:陥凹型病変が進行する過程
大腸がんの発生はポリープからだけではなく、正常粘膜から直接発生することもあります。進行の速い陥凹型の大腸がんは、粘膜の表面にわずかにへこんでできるため発見しにくく、早期に発見できるのは、内視鏡検査だけと言われます。
内視鏡の進化と画像診断
—オリンパス光学社と共同開発された拡大内視鏡は、大腸がん診断の精度を飛躍的に高めるものとうかがいました。
現在、広く用いられている普通の内視鏡は5倍の大きさの画像で、病巣が良性(ポリープ)か悪性(がん)か、がんの場合なら進行度はどの程度か、という判断は困難です。そのため、切除した組織の病理検査を行って、それらを判別しています。
良性の大腸ポリープは、本来は切らなくてよいのですが、普通の内視鏡ではがんと見分けがつきにくいため、現状では多くの患者さんが切除しています。
そこで、私はオリンパス光学社に働きかけ、100倍の画像が得られる「拡大内視鏡」を作ってもらいました。現在は1000倍の超拡大内視鏡を開発中ですが、こうした内視鏡を使えば、画像診断だけで、良性か悪性か、さらに、がんの進行度まで分かります。
良性のポリープはすぐに取らずにがんだけを切除できますし、がんの進行度を見極め、それに合わせた治療方針も立てられます。現在、私たちのところでは全例、拡大内視鏡検査を行いますが、全国的には、まだ3割ぐらいです。
内視鏡診断の世界標準「ピットパターン分類」の確立
—拡大内視鏡で的確な診断ができれば、適切な治療法が選択できるようになるわけですね。
大腸がんの進行度は、ポリープ型であれ陥凹型であれ、粘膜の表面からどのくらい深くまで浸潤しているかで分類されます。粘膜の上層でとどまっていれば「粘膜がん」。粘膜の下層までなら「粘膜下層がん」。この2つを合わせて「早期がん」。筋層まで達していれば「進行がん」です。
大腸がんは、「粘膜がん」なら内視鏡による切除で100%、「粘膜下層がん」なら、内視鏡切除か腹腔鏡手術で99%治療できるのです。
そうした治療法を選択する上では、診断の精度を高めることが必須です。そのために開発したのが拡大内視鏡であり、「ピットパターン診断」という世界標準の内視鏡診断法です。病変の表面構造をつぶさに観察し、それらのパターンを分類して確立しました。
大腸がんは早期に見つければ、決して怖いがんではありません。けれども、「進行がん」はほかの臓器に転移する危険性があり、治癒率も大幅に低下します。
特に内視鏡でしか見つけることのできない陥凹型のがんは進行も速いので、定期的な内視鏡検査は有効です。自分の健康は自分で守る、という意識が、やはり重要です。適切な診断と治療法の選択も大切です。内視鏡検査は、大腸がんによる死亡を減らし、治癒率を高める重要な鍵であることを理解して頂き、予防に役立ててほしいと願っています。
写真:工藤進英先生の著作と、海外での内視鏡ライブの様子
世界的に大腸がんは増えており、特にヨーロッパ・アメリカの罹患率は非常に高く、死亡率も高い状況です。それだけに大腸がん内視鏡診断の権威、工藤進英先生は医師たちの指導に招かれることも多く、これまでに50数ヵ国で240回を超える海外講演や内視鏡ライブを行ってきました。