新百合ヶ丘総合病院 皮膚疾患研究所 所長/総合東京病院/東京クリニック
飯島正文先生に聞く 皮膚科と重症薬疹
重症薬疹の診断と対策をめぐって
医薬品の副作用と被害者救済への取り組み
医療法人社団 三成会 新百合ケ丘総合病院 皮膚疾患研究所 所長
飯島 正文 先生
Dr. Masafumi Iijima
昭和大学名誉教授 |
【 所属学会 】
●所属学会:日本皮膚科学会/日本乾癬学会/日本香粧品科学会/日本研究皮膚科学会/日本皮膚アレルギー・接触皮膚炎学会/日本皮膚悪性腫瘍学会
〈 これまでの主な役職 〉
●厚生労働省:重篤副作用総合対策検討会 委員
●独立行政法人 医薬品・医療機器総合機構 専門委員
●厚生労働省:医療技術参与(医療指導監査室顧問)/先進医療専門家会議・構成員/保険医療専門審査員/診断分群分類調査研究班 MDC8 班長/薬事・食品衛生審議会 薬事分科会 委員/薬事・食品衛生審議会 副作用・感染等被害判定部会 部会長/特定疾患対策懇談会 委員
●文部科学省:専門的看護師・薬剤師等医療人材養成事業選定委員会 委員長
(肩書き等は取材当時のものです)
手軽に買えるかぜ薬などの市販薬にも、実は思わぬ副作用が潜んでいることがあります。
眠気やのどの乾きなどの軽い症状から、命にかかわる重篤なものまで、副作用の種類は多種多様だそうです。
「症状はいろいろですが、副作用は皮膚科が扱う領域に現れることが最も多いのです。薬の成分に体が過剰に反応してしまい、皮膚や体の粘膜に発疹が出るような症状で、薬疹と呼ばれています。そのため、皮膚科の医師が先頭に立ってこの問題に取り組んできたという歴史があります」
そう語るのは、飯島正文先生。医薬品がもたらす副作用の専門医です。昭和大学病院院長を経て、厚生労働省 薬事・食品衛生審議会 副作用・感染等被害判定部会部会長などを務めてこられました。
「薬疹は重症になると、患者さんが生きるか死ぬか、失明を救えるかどうか、というぎりぎりの瀬戸際に追い込まれることもあります。私はそうした重症薬疹を専門に研究と治療を行ってきました」
薬と副作用との関係や、医薬品被害者救済への取り組みなどについて、飯島正文先生にお話し頂きました。
薬疹とは何か
薬を使用した結果、皮膚や口唇、眼などの粘膜に現れる発疹を薬疹と定義します。
この副作用は、多くは薬に対するアレルギー反応と考えられますが、用量依存性に発症する薬疹、また薬とともに日光(紫外線)の影響で初めて発症するものも知られています。
薬疹の症状は、実に多種多様です。
これらは、ただちに薬疹と判断できる場合もありますが、多くの場合、見分けるのは困難で、薬疹である可能性を疑うことから薬疹の診察は始まるとも言えます。
では、薬疹を生じる可能性のある薬にはどのようなものがあるかと言えば、どんな薬にも薬疹発症の可能性がある、というのが答えです。
薬疹の頻度が高い薬としては、抗菌薬、消炎鎮痛薬、向精神薬、抗がん薬、などがあります。
治療に用いられる薬だけではなく、造影剤のような検査に用いられる薬や、稀に食品添加物で生じる薬疹も知られています。
薬疹は、薬を使用しているどんな時期にも発症する可能性があります。多くの場合、使用開始から1~2週間後に発症しますが、使用開始数日以内に発症する薬疹も稀ではありません。
使用後数分以内に呼吸困難や血圧低下などの重篤な症状を伴って発症する薬疹もありますし、中には数週間~数カ月、あるいは1年以上使用して初めて発症するものもあります。
重症薬疹について
重症薬疹というのは、薬疹のなかでも特に重症となるもので、全身の皮膚や粘膜に発疹や水疱が現れ、最悪の場合は死に至ります。
抗生物質、痛み止め、抗てんかん薬、これが三大原因です。
これらは、内科や外科、精神科や脳外科で使われる薬ですが、発疹などの副作用は結果的に皮膚科領域に現れることが多いため、われわれ皮膚科が診療し、治療することになるのです。
私の専門はこうした重症薬疹であり、積極的な治療を行うことによって、救命とともに失明などの後遺症の軽減に努めてきました。
通常の皮膚科のイメージからは想像しにくいかもしれませんが、患者さんが生きるか死ぬか、失明を救えるかどうか、というぎりぎりのところで、治療に携わってきました。
写真:飯島正文先生の著作から
皮膚科についての専門書のほか、重症薬疹と医薬品副作用被害救済制度についての解説、監修など多数
皮膚科の専門医が先頭に立つ医薬品副作用問題と被害救済
現在、日本にはこうした重篤な副作用に対してPMDA(医薬品医療機器総合機構)による救済措置があります。私はその専門委員を務めており、救済の判定では最終的な総括責任者を務めています。
この制度による救済の対象となった人のなかで一番多いのは皮膚科に関するケースで、全体のおよそ3分の1を占めます。残りは順に肝臓、神経、免疫系となります。
医薬品の副作用は皮膚科領域に現れるケースが一番多いのです。そのため、皮膚科のわれわれが先頭に立ってこの問題に取り組んできたという歴史的経緯があります。
日本の被害者救済制度は1980年から始まり、現在のところ、申請された件数のうち86%が救済されています。残りの14%は救済されていませんが、それは適応外使用、あるいは用法用量や使い方に問題があるようなケースです。患者さんやご家族が薬のせいだと頭から思い込んでしまっていることも少なくありません。
救済制度を成り立たせるための資金は医薬品メーカーが出しています。医薬品の売上の一部がプールされる仕組みがあり、独立法人として運営しているのです。
しかし、このような救済を仕事とするセクションやシステムがあるということは、なかなか知られていません。医療関係者の認知度は82%、一般国民の認知度は23%です。
医薬品副作用の救済制度がある国は世界に3つ、ドイツと日本と台湾だけです。この機会に、日本の国はそういう良い制度を持っているということをご理解頂ければと思います。
医薬品副作用被害の審査を担う
PMDA(医薬品医療機器総合機構)の所管は、厚生労働省の薬事食品衛生審議会、昔の中薬審です。そこに薬事を審議する分科会があり、そのなかの医薬品の副作用感染等被害判定部会を私が統括しています。
これは二部会制で、私は現在、第一部会長と第二部会長を兼任しているのですが、第二部会長の部会長代理は新百合ヶ丘総合病院の井廻道夫先生です。井廻先生には、肝臓専門医の立場から審議に関わって頂いております。
ですから、奇しくも新百合ヶ丘総合病院のドクター2人が、日本における医薬品副作用被害の審査の責任者をしていることになります。
重症薬疹の診療と啓発 — 皮膚科学会理事長として
重症薬疹は数も多く、最悪死亡に至ることもあります。
スティーブンス・ジョンソン症候群でおよそ3%、DIHS(薬剤性過敏症症候群)が14%くらい、TEN(中毒性表皮壊死症)が19%くらいの割合で死亡に至ります。
たとえ命を取り止めたとしても、失明という事態もあります。
私はこうした重症薬疹の治療に取り組んできましたが、1人の失明も、死亡もありません。
私が病院長を務めていた昭和大学病院では、重症薬疹をどのようにマネジメントして、患者さんを救援するか、副作用を軽減して社会復帰に繋げるか、ということを課題として医療に取り組んできました。
後遺症を避ける、軽減する、病気を早期発見し、早期に適切治療を行う。それによって重症化を防ぎ、原因を究明することが診療のポイントになります。
薬の副作用というのは、きちんとした診断や対応がなければ重篤な事態に至ることがあると覚えておかなければなりません。
私は皮膚科学会の理事長として、学会からも薬疹に関する情報を発信することに努めてきました。熱がある、目が赤くなって唇がただれ、のどが痛い。粘膜症状がある。おかしな発疹がたくさんある。赤い斑点、水ぶくれができる。そうした症状があれば、まず皮膚科の専門医に相談すべきです。
患者さんの症状は今日と明日とでは顕著に変化します。急激に症状が悪化し、翌朝には生きるか死ぬか、という状態になることもありますから、早期の適切な対応が求められるのです。
医療現場の皆さんも、これはおかしいという症状が患者さんに現れたら、まず薬疹である可能性を疑い、皮膚科の専門医に相談してほしいと思います。
重症薬疹の定義
1)生命予後を脅かす薬疹(死亡例)
2)重篤な後遺症を遺す薬疹(失明・高度視力障害)
3)重篤な内臓病変を合併する薬疹(肝・腎・血液障害等)
4)病変が全身に及ぶ薬疹
5)入院治療が必要な程度の薬疹、など
重症薬疹にはどんなものがあるか
1)Stevens – Johnson syndrome(SJS)
2)Toxic Epidermal Necrolysis(TEN)
3)薬剤性過敏症症候群(DIHS)
・ 紅皮症型薬疹
・ アナフィラキシーショック
・ Acute generalized exanthematous pustulosis
・ 多発性固定薬疹
・ 多形紅斑(EM)型薬疹
・ 水疱症型薬疹
・ 紫斑型薬疹 など
スイッチOTC薬とネット販売
薬には一般用医薬品と医療用医薬品があります。現在、一般用医薬品のインターネット販売が話題になっていますが、薬である以上、一般用であれ医療用であれ、副作用のリスクはともないます。
昨年(2012年)、メディアの取材でもお話をしましたが、医者が処方する医療用の医薬品は、使用目的、使用量、使用法、そうした注意を皆さんしっかり守りますね。ところが、それでも副作用はあり得ます。
一般用医薬品はそのリスクが少ないから薬局で売っているのですが、だからと言ってリスクがゼロではありません。
特に一般用医薬品第2類の風邪薬と呼ばれる総合感冒薬、アセトアミノフェンという成分は、スティーブンス・ジョンソン症候群、あるいは皮膚粘膜眼症候群の原因薬品になり得ます。
逆に言うと、薬を使うときには、目的、飲み方、副作用の注意事項、この3つを薬局と相談して飲むよう注意喚起したいわけです。
ですから、医薬品は対面販売が大事であり、インターネット販売は理想ではありません。それでも、離島の人たちや、薬局に行けない人たちのため、ということは理解できます。
しかし、今議論しているのはスイッチOTCと呼ばれるもので、もともと医療用医薬品だったものを一般用医薬品に移管する薬についてです。
ですから、それをいきなりインターネット販売するのではなく、一般用の薬として一定期間馴染んだあとに審査をし、安全性が担保されてから解禁すべきではないかと私は主張してきました。皆さんはどうお考えになりますか。
新薬開発でも重症薬疹への慎重な対策が行われている
重症薬疹には、起こしやすい原因医薬品があります。
重症薬疹の年間発症件数のデータを見ると、日本も欧米もほとんど違いはありません。統計的には人口100万人あたり、スティーブンス・ジョンソン症候群が毎年5人くらい、もっと死亡率の高いTEN(中毒性表皮壊死症)はおよそ1人発症します。
ですから、新薬を開発するメーカーも、副作用に対しては慎重です。
C型肝炎の新しい薬でも、メーカーでは医療関係者に適正使用情報を出し、注意を呼びかけています。使用する医師は肝臓専門医で、必ず何かあれば皮膚科専門医がフォローするという契約書を取り交した上で使用するように縛られています。
重症薬疹というのは、患者さんが奈落の底に落ちますからこわいです。薬はこわいのです。普通は何ともないのですが。
薬疹である可能性を疑うところから、薬疹の診療は始まります。
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