メディコンパス/2011年6月取材(2017年11月一部改稿):Recent treatment of spine and spinal cord diseases by neurosurgery

総合東京病院 院長代行/総合南東北病院 副院長/東京クリニック
脳神経外科/脊椎脊髄センター センター長 伊藤康信先生に聞く 
脳神経外科医による脊髄・脊椎外科

進化する脊髄・脊椎の低侵襲手術


医療法人財団 健貢会 総合東京病院 院長代行
脳神経外科/脊椎脊髄センター センター長
リスク管理統括責任者
伊藤 康信 先生
Dr. Yasunobu Itoh
 

American Association of Neurological Surgeons; member
日本脊髄障害医学会 評議員
【 専門科目 】
脳神経外科、脊椎脊髄外科
●日本脊髄外科学会指導医
●日本脳神経外科学会専門医
【 Profileプロフィール 】
1986年 秋田大学大学院医学研究科終了(医学博士)
1987年 米国ペンシルバニア医科大学神経生物学教室 visiting assistant professor
1994年 秋田大学医学部脳神経外科 医学部講師
1997年 秋田大学医学部脳神経外科 助教授
2003年 総合南東北病院 副院長
2004年 京都府立医科大学大学院脳神経機能再生外科(脳神経外科) 客員講師
2011年 総合東京病院 脊椎脊髄センター長 兼任
2015年 総合東京病院 院長代行・脊椎脊髄センター長
    現在に至る

中高齢者に多い首、腰の悩み。加齢とともに増す痛みやしびれは、ひどくなると要介護や寝たきりの原因になることもあります。
脊髄・脊椎のこうした疾患に脳神経外科からアプローチするのが伊藤康信先生です。伊藤先生は、脳神経外科医が得意とする顕微鏡下の繊細な手術と、最先端の医療技術の導入によって、安全かつ低侵襲の治療を実践しています。
総合南東北病院に副院長(現在、総合東京病院 院長代行)として着任して8年。手術件数は年間200件を越え、脊髄・脊椎外科は全国ランキングにも登場するようになりました。
大学院時代には、総合南東北病院オープン渡邉一夫理事長のもと、救急車で次々運ばれてくる脳卒中患者さんの手術に追われた思い出も。
伊藤康信先生に脳神経外科における脊髄・脊椎外科の特色と代表的な疾患についてうかがいました。

脳神経外科と脊髄・脊椎領域

—脳神経外科のなかに脊髄脊椎外科があるのは不思議に思えるのですが。

総合南東北病院には、現在総勢17名の脳神経外科医が在籍していますが、そのうち、3名の脊髄外科専門医が脊髄・脊椎外科診療に当たっています。
主な疾患には頚椎症、頚部脊柱管狭窄症や腰椎椎間板ヘルニアなどがあり、脊髄腫瘍の手術もします。現在、脳外科の手術件数は年間650〜700件くらいですが、そのうちの3割くらいは脊髄・脊椎です。

脳神経外科という名称は実は日本でのみ通用する名称です。欧米では神経外科と言われます。この名称のせいか、日本の脳神経外科は、脳血管障害、脳腫瘍、頭部外傷など脳疾患を扱い、背骨の病気は整形外科が担当すると誤解されてきました。
しかし、腰椎椎間板ヘルニアがなぜ起きるかを臨床的に初めて解明したのはアメリカ・マサチューセッツ総合病院の神経外科の医師です。現在、ラブ法として広く知られる椎間板ヘルニア摘出の基本的手技を確立したのもアメリカ・メイヨークリニックの神経外科医ラブ(Love)です。最初に手術用顕微鏡を使用したのも神経外科医であり、こうした歴史的背景もあって、欧米の(脳)神経外科で行う手術の6〜7割は脊髄・脊椎という状況です。

脊柱管と呼ばれる脊椎のなかには脊髄が通っており、脊椎はこれを保護する役割を担っています。

そして中枢神経である脊髄は、脳からの指令を体の各部に伝え、体からの情報を脳へ伝える働きをしています。ですから、脳の働きと脊髄、末梢神経全体を神経外科という視点から見ていくことは、ごく自然なことだと思います。

脳神経外科の私が米国留学時に研究したのも脊髄・脊椎領域です。その当時はニューロサイエンスというものが盛んで、テーマは脊髄移植と神経再生でした。
脳神経外科では、顕微鏡下で脳を傷つけないよう注意深く手術をします。脊髄・脊椎でも同様に神経を傷つけないような安全な手術を行います。脊椎についても骨を必要以上に削除せず、神経への圧迫を取り除くことができます。

できるだけ患者さんの体に優しい治療が求められる時代です。
腰の骨(腰椎)が前後にずれてしまう腰椎変性すべり症という病気がありますが、昔はかなり大きく切開して治療していました。しかし、現在は医療用のピンを体の外側から刺して治療するため、体への負担が少なくなりました。経皮的椎弓根(ついきゅうこん)スクリュー挿入法という治療法ですが、これを腰椎変性すべり症に対して東北で最初に導入したのは総合南東北病院です。

伊藤康信先生による顕微鏡手術の様子

骨粗しょう症による圧迫骨折と新たな低侵襲治療

—先生は骨粗しょう症の圧迫骨折に対する新しい低侵襲治療に東日本で初めて成功されたそうですね。

骨粗しょう症になると、腰痛や脊椎の変形、骨折をしやすくなります。特に女性の方はドックで自分の骨の状態をチェックしてほしいと思います。

骨粗しょう症が進行すると圧迫骨折に至ることも多いのですが、新しくバルーン後弯(こうわん)形成術という低侵襲治療が可能になりました。脊椎に針を刺して、針の先端を風船のように膨らませ、骨セメントを入れて矯正し、痛みをとる治療です。
先日、74歳の女性の患者さんに東日本で初めてこの治療を行いました。

今までなら「薬を飲んで安静にしていれば、数カ月で良くなりますよ」と言われていたような腰痛が、これをやるとさっと良くなります。所要時間は1時間程度で、2〜3日の入院です。
保険診療ですから、腰が痛くて歩けないという方には大変な朗報になると思います。

写真左:腰椎圧迫骨折(第4腰椎) バルーン後弯形成術後の腰椎X線画像
写真右:骨密度・体組成測定器iDXA 横になるだけで骨密度、骨の形態や強度、骨の微細な変化を計測できます。(骨密度ドックで使用)

脊髄・脊椎外科の代表的な疾患から

—比較的多く見受けられる脊髄・脊椎疾患にはどのようなものがあるのでしょうか。また、症状や治療法について教えて頂けますか。

◎ 腰部脊柱管狭窄症

脊髄が入っている背骨の管が狭くなり、脊髄から枝分かれした神経の束が圧迫される病態です。お尻から脚の後ろ側にかけてしびれ、歩行困難となり、しゃがみこむか、立ったまま前かがみ姿勢をとると改善します。これを間欠跛行(かんけつはこう)と言います。

治療は鎮痛剤、コルセット着用、神経ブロック療法などの保存的治療から開始します。それでも無効な場合に手術が考慮されます。

手術は、背中側から腰部脊柱管の狭くなった部分に窓を開け、圧迫されている神経根などを自由にする開窓術が第一に選択されます。
最近ではより体に負担の少ない手術が開発されています。幅22ミリ前後の筒を神経がつぶれている部位に挿入し、内視鏡あるいは手術用顕微鏡で神経の圧迫をとるもので、入院期間の短縮と早期の社会復帰がはかれます。

さらに椎骨がずれていたりして安定しない場合には、腰椎椎体間固定や椎弓根スクリュー固定を行うかどうか、腰椎支持組織の温存とのバランスで考えます。

◎ 腰椎椎間板ヘルニア

腰椎椎間板ヘルニアは椎間板の中にある髄核が後方にはみ出てしまい、神経が圧迫されることで発症します。

治療法は、安静治療が基本ですが、牽引治療などの理学療法が有効なこともあります。痛みが強い場合は注射や神経ブロック療法を行います。
しかし、それでも改善せず、筋力低下や排尿障害、下肢痛が持続する場合などは手術が考慮されます。

手術には、背中側を切開してヘルニア(突出部)を摘出するラブ法や、内視鏡を用いる脊椎内視鏡下手術があります。
ラブ法の場合は背中を100ミリ程度切開しますが、内視鏡の切開幅は20ミリ程度です。
この切開口から内視鏡を挿入し、モニターで見ながらヘルニアを摘出するのですが、テレビモニター上では立体観察ができないのを補うべく、筒型開創器という医療器具を用いた顕微鏡下手術も行われるようになっています。

顕微鏡下手術では傷口が小さいため痛みが少なく、術後の回復も早くなります。

◎ 頚椎症・頚部脊髄症

首の場合は大きく頚椎症(頚部脊椎症)と頚部脊髄症に分かれます。頚椎症は椎間板が加齢などで狭くなり、神経が圧迫されて起こります。頚部脊髄症は、頚椎(首の骨)の椎間板が後方に突出し、神経を圧迫することで発症します。

治療は安静、頚椎カラー、鎮痛剤などの保存的治療から開始します。日常生活動作に大きな支障をきたす場合や激しい上肢の痛み、脱力、あるいは筋の萎縮があるときなどに手術的治療が考慮されます。

この分野の手術法はめざましい発達を遂げています。脊椎インストルメントという人工椎間スペーサー、プレート、スクリューなどが開発され、素材も骨の基質からなる物質などが使用できるようになり、術後早期の離床、退院、職場復帰に貢献しています。

頚椎部に起こる脊髄の麻痺は長い間放置すると、その後手術をしても障害が残ってしまう場合もあります。
手術するタイミングも重要ですから、症状が現れたら一度受診し、保存療法とともに経過観察することが求められます。

脊髄脊椎の手術について

—どのような場合に手術の適応になるのでしょうか。

脊髄・脊椎はすぐに手術というのではなく、基本は安静にして、保存的療法をまず考えます。それでも駄目な場合、あるいは仕事などに大きな支障がある場合に初めて手術の適応となります。可能な限り低侵襲に努めていますが、まずは正しい診断が前提ですから、早めの受診をおすすめします。

脊髄の手術はきちんとされていれば、あまり後遺症は出ません。ですから脊髄腫瘍などの大きな手術以外ではICUに入らなくてもすみます。次の日には起きて歩けるのが通常です。入院期間はだいたい1週間。短ければ3〜4日で退院できます。
ただし、手術で神経の圧迫を解消できても、リハビリが必要になることもあります。南東北病院グループでは、そうした手術後のリハビリにも力を入れているのが大きな特長です。

私は現在、東京都中野区の総合東京病院で院長代行として勤務しています。東京クリニックは毎週水曜日午前、郡山市の総合南東北病院は月1回の脊髄外科外来を担当しています。

総合東京病院がある中野区は超高齢化が進み、かつ、ひとり暮らしの方が多い地域です。自分で動けない場合は生活にも支障が出ますから、80歳の高齢でも首や腰の手術を受ける患者さんが多くいらっしゃいます。QOLの低下でつらい思いをされている方はぜひご相談下さい。

読影専門の放射線科医が担うPET画像診断

—PETがんドックは脊髄腫瘍の発見にも有効だそうですが。

PET検査は、脊髄腫瘍の検査にも有効です。
郡山市の総合南東北病院には放射線科医が約17名います。17名というのは、ちょっとした大学の医局よりも多いと言えるかもしれません。
PETなどの画像診断をするにあたっては、読影専門の放射線科医の専門的なチェックが欠かせません。中野区の総合東京病院でも、放射線科医が力を発揮しています。

予防医学、つまり、いろいろな疾患の早期発見・早期治療に私たちは力を入れていますから、きめ細かなチェックアップを通して、皆さんの健康な毎日を維持するお手伝いができるのではないかと考えています。