南東北がん陽子線治療センター センター長(取材当時)
(現・伊勢赤十字病院 放射線治療科 部長)不破 信和 先生に聞く
がん医療の最前線—陽子線治療
陽子線治療が切り拓く21世紀のがん医療
不破 信和 先生
Dr. Nobukazu Fuwa
三重大学大学院客員教授/横浜市立大学大学院客員教授/日本歯科大学新潟校客員教授
【 専門科目 】 |
2008年10月、民間初の陽子線治療施設として南東北がん陽子線治療センターがオープンしました。
その理念は、次世代のがん治療法を開拓し、頭打ちになっている治療成績、特に進行がんの成績を大幅に改善するとともに、できるだけ快適に患者さんが陽子線治療を受けられるようにすることを目指すもので、現在の同センターの運営に引き継がれています。
初代センター長に就任された不破信和先生は、愛知県がんセンター中央病院副院長等を歴任、長年放射線治療の臨床と研究に取り組んできました。厚生労働省の研究班にも主任研究者として携わり、舌がんに対する動注化学放射線療法では、独自の手法によって治療成績の大幅な向上を果たしています。
がん患者を救うため、未来の標準治療の確立を目指す不破信和先生に、南東北がん陽子線治療センターのオープンを前に、陽子線治療の仕組みと特長について解説して頂きました。
切らずに治す陽子線治療とは
陽子線は通常の放射線と異なり、狙った深さでエネルギーが最大になるよう調整できるため、がん細胞に陽子線を集中的に照射し、周辺組織への影響を抑えた治療が可能です。
その切れ味は外科医のメスに匹敵します。そのため、陽子線治療は、外科と考え方が似ています。外科はがん腫瘍を手術で取り去りますが、陽子線治療はメスの代わりに陽子線を使い、切らずにがん腫瘍だけを完全に壊死させます。ですから、患者さんにとって体に負担が少ない治療となり、高齢の方や、体力がなくて手術できないようなケースでも適用になります。がんによっては手術を上回る成績も期待できます。
治療時間は機器のセッティングも含めて15分から長くて30分程度です。照射そのものは数分です。外来で普段通りの生活をしながら治療できるというのも大きなメリットです。
治療法の分類では、陽子線治療は放射線治療ですが、通常の放射線とはまったく違っています。体の中のがんへの集中性が高いのです。1〜2ミリの精度でがん腫瘍だけに最大のダメージを与えることができます。
皮膚や周辺組織への影響も少なく、副作用も軽減できます。放射線治療の専門家がこれを見ると、その切れ味に驚嘆するはずです。
南東北がん陽子線治療センターの特色
南東北がん陽子線治療センターでは、脳腫瘍にも力を入れていきます。
特に、目と目の間の篩骨洞(しこつどう)の腫瘍では、陽子線の特長がいかされます。これは、脳に近くて手術もできない腫瘍です。手術をすると顔の半分がなくなってしまいかねません。そういう患者さんにとって陽子線は、〝なくてはならない治療〟ということになります。
当センターは、南東北病院グループの医療施設が隣地に集中して存在する恵まれた環境にあります。その一つ総合南東北病院は充実した診療体系を誇る総合病院であり、地域がん診療連携拠点病院として、がん治療にも力を入れてきました。頭頚部がんの治療も行ってきましたし、外科専門のドクターも10人近く在籍しています。
ですから緊密な連携のなかで、陽子線の単独施設ではできない総合的ながん治療が可能であり、民間初の〝がんセンター〟としての役割を担えるものと考えています。
早期肺がんなど、陽子線の治療対象とするがんの拡大
世界的にもまだ行なわれていませんが、進行肺がんでリンパ節と原発巣が一体になってあるもので、しかも手術できないものは適応を考えています。
肺がんは死亡率も高いがんです。初期症状がなく、見つかる段階がⅢ期で、手術できない場合が多いのです。
ところが、肺は通常の放射線に非常に敏感で、副作用のリスクが高く、がんは消えても、放射線による肺炎ができてしまい、これが原因で亡くなることがあります。そういう方に対しても、かなりインパクトのある治療ができるだろうと考えています。
また、陽子線による現在の肺がん治療には1カ月くらいの期間を費やしていますが、将来的には4回の照射で終わる可能性もあります。2センチ以内の末梢肺がんなら2〜3時間の外来治療で治る可能性もあるのです。早期肺がんが1日で治る。そんな時代がやってくるだろうと考えています。
〝究極のがん治療〟として
舌がんの場合を例にしますと、私が愛知県がんセンターで取り組んできた治療法に〝動注化学放射線療法〟というものがあります。副作用を抑えた高齢者にも可能な舌がん治療です。
舌に放射線を当てながら同時にカテーテルで抗がん剤を流し込みます。これでがんはきれいに治るのです。手術と同等の成績で治癒させることが可能です。
この動注化学放射線療法は、抗がん剤や放射線をがんだけに集中できますから、究極のがん治療と言えます。しかし、肺やほかの臓器にこの方法は使えません。舌がんだからできるのです。
そこで、がんへの集中度が高い陽子線治療を軸に、これまでに世界中で積み上げられてきた研究や臨床の成果を最大限に活用して、放射線、抗がん剤も組み合わせ、ほかの臓器でも舌がんのような治療成績の向上、究極のがん治療を実現したいと考えています。
陽子線治療とその仕組み
陽子線(粒子線)治療は放射線治療の一種です。
放射線は、大きく二つの種類に分けられます。一つは光の波で、X線とγ(ガンマ)線があります。もう一つが粒子線で、炭素線と陽子線があり、加速した粒子ががん細胞を傷つけます。
通常のX線の線量分布は、放射線を当てると、通常は体の表面から1・5センチくらいのところでピークを作り、そこから下がります。ですから、がんに対する放射線量は減ってしまいます。これがX線の限界です。
それに対して、陽子線は狙った深さでエネルギーのピーク(ブラッグピーク)をつくることができるため、病巣に充分な線量を当てることができます。
がん細胞に与えるダメージにも違いがあります。細胞の中の核には遺伝子の本体、DNAがあって、それは二重螺旋構造を持っています。X線やγ線といった通常の放射線の場合は、片方の螺旋構造の一部をちょっと切ることが多く、反対側は残っています。そのためにがん細胞はまた生き返ることがあります。
炭素線や陽子線は粒子で両方いっぺんに切ることが多く、細胞は生き返る確率が低くなります。
左:陽子線治療の特徴
(左図)陽子線ががん細胞に損傷を与えるイメージ/陽子線(粒子線)が当たると、がん細胞のDNAは損傷を受けます。二重螺旋の両方が傷害され、修復能力が働かなくなったがん細胞は死に、その後体外に尿などとして排出されます。
(右図)体の内部のある深さで線量をピークにできるブラッグピークをつくることができるため、正常細胞への損傷を抑えながら、病巣だけに集中照射できる
右:日本頭頸部外科学会で発表された動注化学療法と小線源放射線の併用治療に関する不破信和先生の発表をまとめたレポート
陽子線治療の実際について
実際の治療は、最初にPET(ペット)、CT、MRIで撮影してがんの位置を正確につかみ、治療計画を立てます。その際、専門の物理士や技師が、医師とともに詳細な検討を行います。治療にあたっても、1回ごとに位置を照合、確認し、初めてビームを照射します。
ところで、人の臓器は呼吸とともに動きますから、照射はレーザーを使った呼吸同期と呼ばれる方式で制御します。陽子線ビームをがんに正確に当てる技術です。照射そのものは2〜3分ですが、こうしたセットアップに結構時間がかかります。
PETは、陽子線がきちんと腫瘍を捉えているかを確認する方法としても有効です。治療後10分から20分後に撮影すると、照射の跡を見ることができます。当センターでは、照射室の横に専用のPET—CTを導入しました。おそらく世界で初めてのシステムだと思います。
治療途中の状況を確認し、最初の照射計画を見直していくことが必要な症例もありますから、定期的にPET—CTで撮影できるメリットは大きいと言えるでしょう。
すべて治ると軽率に言うわけにはいきませんが、手術が難しい、できない、あるいは嫌だ、という方にとって、治療の選択肢は増えました。
対象とするがんも、かなり幅広くなると思います。転移の場合も、ここだけはどうしても命取りになる、という場合は陽子線の適応と考えています。
すでに前立腺がんの治療予約を受けつけていますが、前立腺がんは陽子線が最も得意とするがんの一つです。神経を損傷せずにピンポイントで治療できる有効性は高いのです。ED(勃起不全)などの心配もなくなります。
手術をするのがかなり難しい進行肺がんや食道がん、肝臓がんでも生存率を高められるよう、取り組んでいきたいと考えています。
(2008年8月取材)
写真左:陽子線治療室
ビーム照射部分が回転・移動してピンポイントでがん病巣を狙い撃ちします。
写真右:南東北がん陽子線治療センター