メディコンパス/2021年10月取材:For early diagnosis and early treatment of Alzheimer’s disease

総合東京病院 認知症疾患研究センター センター長
羽生 春夫 先生に聞く 認知症の診断と最新治療

アルツハイマー型認知症の早期発見と早期治療へ!


南東北病院グループ 医療法人財団 健貢会 総合東京病院
認知症疾患研究センター センター長
もの忘れ外来
東京医科大学 特任教授/前 東京医科大学 高齢診療科 主任教授
羽生 春夫 先生
Haruo Hanyu M.D., Ph.D
 

【 専門分野 】
老年病学、神経病学(特に認知症、脳血管障害など)

● 日本老年医学会認定老年病専門医・指導医・名誉会員
● 日本認知症学会認定認知症専門医・指導医・名誉会員
● 日本神経学会認定神経内科専門医・指導医
● 日本脳血管・認知症学会名誉会員
● 日本内科学会認定医


 
【 Profileプロフィール 】
1981年 東京医科大学卒業
2009年 東京医科大学老年病科教授
2013年 東京医科大学高齢診療科主任教授
2015年 東京医科大学病院副院長
(東京医科大学病院認知症疾患医療センター長として、地域における認知症診療の医療支援体制の構築に尽力)
2020年 総合東京病院認知症疾患研究センター長就任
* 羽生春夫先生の診療は、総合南東北病院(郡山市)でも受けることができます。(完全予約制)

 

「最近もの忘れがひどくなった」と、身近なひとの認知症に不安を感じたことはありませんか?
認知症は誰もがなりうる病気ですが、今日では、早めに気づいて治療を受けることで、進行や症状を抑えることができるようになってきました。適切な治療を受けることで、現状を1年でも2年でも長く維持することが期待できるのです。
原因不明とされてきたアルツハイマー型認知症も、進行のプロセスが明らかになり、新たな診断技術や根本治療薬の開発も進められています。
2025年には65歳以上の3人に1人が認知症もしくは軽度認知障害になるとされる現在、「健康寿命」を延ばし、穏やかな老後を過ごすためにも、認知症という病気について正しく理解し、できるだけ予防に努めたいものです。
今号では、前 東京医科大学 高齢診療科 主任教授で、NHK「ためしてガッテン」や「きょうの健康」などのテレビ出演でも著名な羽生春夫先生に、認知症とはどのような病気かを解説していただきました。予防のためのポイントや、実際の診療についての疑問にもお答えいただいております。
ご自身やご家族に、もし気になる症状があれば、早めに「もの忘れ外来」を受診してみてはいかがでしょう。

認知症の原因となる病気

—認知症とは、どのような病気か教えてください。

認知症とは、何らかの病気によって脳の神経細胞が傷つき死滅するため、記憶の障害などが起きて、日常生活に支障をきたす状態です。
原因となる病気によってさまざまなタイプがありますが、一番多いのはアルツハイマー型認知症で、全体の50~60%を占めます。ほかにも、脳の血管の病気が原因となる血管性認知症、レビー小体型認知症などがあります。
認知症とはこうした病気の総称であり、症状を指す言葉です。右図のように、原因となる病気にはさまざまなものがあります。タイプによって治療の仕方は異なりますし、治る認知症もありますから、老化のためとあきらめず、専門医を受診してください。

アルツハイマー病は20年以上かけて進行します!

● 仮に75歳でアルツハイマー型認知症が発症する場合、その20年くらい前(約50歳代)から病気は始まっていると考えられます。
● まず、アミロイドβが蓄積し、その周りに変性した神経突起からなる老人斑、シミが出てきます。
  これによって、神経と神経を繋ぐシナプスが障害されます。
  これが誘引となって神経細胞のなかのタウタンパクが変性を起こし、神経細胞が死滅していきます。
● その結果、脳が萎縮します。通常は海馬領域から萎縮が始まるので記憶の障害が起こり、認知症に発展していきます。
● 認知症発症の前(5年くらい前から)には、軽度認知障害という段階が現れます。

「加齢によるもの忘れ」と「認知症」は異なります

—加齢によるもの忘れと認知症は異なるのでしょうか。

加齢によるもの忘れと認知症は異なります。認知症かどうかを判断する上で重要な点は、日常生活に支障があるかどうかです。
加齢によるもの忘れは、たとえば食事をしたことは覚えており、何を食べたかも部分的には覚えています。つまり、体験の一部を忘れてしまうのですが、日常生活には支障のない状態です。よく「芸能人の名前が出てこない」と心配する方もいらっしゃいますが、それは認知症ではありません。
それに対して、認知症による記憶の障害では食事をした内容もすべて忘れ、忘れている自覚もありません。体験全体を忘れてしまい、生活に支障をきたします。
初期の認知症は、もの忘れと見分けがつかないこともあります。しかし、認知症は着実に進行する脳の病気です。

MCIの段階で早期発見し認知症への移行を防ぐ

—認知症になる前段階の軽度認知障害(MCI)について教えてください。

認知症は、突然発症するわけではありません。アルツハイマー病は20年くらいかけてゆっくりと進行し、発症する前には、軽度認知障害(MCI)と呼ばれる段階があります。
 MCIはもの忘れの症状が出ても自立可能な状態ですが、そのうち年間およそ10~15%が認知症(多くはアルツハイマー型認知症)に移行すると言われています。
 MCIはいわば認知症の一歩手前の段階です。その段階で適切に治療や対処を行えば、認知症への移行を抑えたり、遅らせる可能性が高くなります。

「もの忘れ外来」で行う一般的な診察について

—「もの忘れ外来」では、どのように診察を行うのでしょうか。

最初に問診や診察をして、認知機能検査を行います。問題があればMRIなどで頭部を撮影し画像検査を行います。
加えて、血圧、血液検査を含めた内科的疾患の有無を調べます。もの忘れや認知症は、全身の病気の影響をかなり受けるので、こうしたチェックは欠かせません。私は、もともと神経内科、老年病学の専門ですから、そうした診察も普通に行います。
当院の場合はクリニックからの紹介が多いのですが、診断がついて薬を投与して治療を行い、症状が安定すれば、かかりつけ医の先生に血圧や糖尿病など生活習慣病の治療を含めて診ていただくようお願いします。
軽度認知障害(MCI)や早期アルツハイマー病であれば、半年か1年に1度くらいのペースで外来に来ていただいて診療を続けます。

 

アルツハイマー病が進行するプロセスも分かってきました。
脳の変化を見つける画像検査や、新たな治療薬の開発も進んでいます。

認知症は総合的な診断が重要

—認知機能のテストで点数が良ければ認知症ではないと言えるのでしょうか。
認知機能を調べる際には、長谷川式認知症スケールやMMSEなどのテストが用いられます。そのスコアが高得点であれば正常と判断される可能性はありますが、私たちは問診、診察所見、ご家族のお話をもとに、どれだけ生活に機能障害が起きているかを重視します。
総合的に診断することが大事であり、これらはあくまでも補助的な検査です。
家族がいざ「もの忘れ外来」へ連れて行こうとすると、本人が嫌がることがあると思います。そんなとき、どんな誘い方をすれば良いでしょうか。
たいていの高齢者は、高血圧などの生活習慣病をお持ちですから、健診の延長で「脳の検査も受けておいたほうがいいよね。脳梗塞もチェックできるし」と誘うと、皆さん拒否せず受診してくれますよ。
ドックを受診される方なら、それに合わせて外来に来ていただければ、お話をしながら、家庭内の状況を聞いたり、もの忘れの程度を問診で確かめたりして、抵抗感なく診察ができると思います。

認知症の画像診断MRIと脳血流 SPECT

—現在行われている脳の画像検査では、どのようなことが分かりますか。

画像検査で通常用いるのは、MRIと脳血流SPECT(スペクト)です。
アルツハイマー型認知症の患者さんの脳をMRI画像で見ると、海馬が萎縮して、まわりに黒い隙間が出ます。海馬は記憶の貯金箱のようなものですから、萎縮があると記憶の障害が起こります。
また、認知症はSPECT(スペクト)という検査法を用いて、脳血流の分布から脳の働きを調べ、異常を指摘することができます。
こうした画像検査をうまく併用すると、脳の変化を評価し、早期診断や鑑別が可能になります。

海馬の萎縮の測定

—海馬の萎縮も、ある程度数値化して把握できるそうですね。

今日では、コンピュータでMRI画像から海馬の容積を解析して数量化する方法がいくつかあります。
これによって海馬の萎縮状態を把握できますが、海馬の萎縮があれば認知症かと言うと、そうとは限りません。ですから、数値だけで認知症の診断はできませんが、画像診断を補助する検査技術として成果を上げています。VSRAD(ブイエスラド)という検査が有名ですが、開発した研究者は南東北病院グループに所属しています。

アルツハイマー病が進行するプロセス

—アルツハイマー病がどのように進行するか、明らかになっているのでしょうか。

今日では、アルツハイマー病の進行プロセスも分かってきています。
最初に、脳のなかにアミロイドβというタンパク質の一種が溜まって、〝シミ〟のような老人斑が現れます。アミロイドβとは、いわば脳神経細胞がつくるゴミのようなものです。
正常な人の脳でもつくられますが、通常は分解されて増えることはありません。ところが、産生と分解のバランスが崩れると脳に蓄積されます。脳の神経細胞のなかではタウというタンパク質の異常なリン酸化が起きて神経細胞が死滅していき、その結果脳が萎縮すると考えられています。
こうした進行は記憶をつかさどる海馬から始まるので、最初に記憶の障害が起き、やがて病変が脳全体に広がって認知症に至ります。

PETを用いた発症前診断

—アミロイドβがどれだけ脳に溜まっているか調べることもできるのでしょうか。

アミロイドβタンパクの蓄積は、PET(ペット)を用いて評価することができます。PET画像では、アミロイドβが溜まっている部分が赤く染まって見えます。
アミロイドPET検査はがんを調べるFDGとは別の薬剤を使用します。現在はまだ保険適用されていませんが、研究レベルではよく用いられており、発症前診断も可能になってきました。南東北病院グループでも研究として行われています。

4つの認知症治療薬

—アルツハイマー病の治療薬にはどのようなものがありますか。

現在使われている公認の治療薬は、アルツハイマー型認知症になってから適応になるものです。ただし、軽度認知障害(MCI)でもステージが進んで、認知症により近いレベルであれば、投薬をすることが多いようです。
治療薬は4つあります。種類としては、脳のなかで低下しているアセチルコリンという神経伝達物質を増やして意欲や集中力を高め、認知症の改善効果が得られる薬と、神経保護薬として心を穏やかにさせる薬の2種類です。
認知症はこうした治療薬も含めて適切な対応をすることで、その後の進行を抑えられる可能性があります。
ちなみに、認知症予防に効果が期待できるサプリメントはありません。

認知症の新薬「アデュカヌマブ」

—新たな認知症の治療薬がアメリカで承認されました。新薬は日本でも使えるようになるのでしょうか。

認知症の根本治療薬の開発は、現在も何種類か進められています。国際的なグローバル試験(様々な地域及び民族にまたがって行われる臨床試験)も行われており、私も参加しているものがあります。
今回アメリカで承認されたのは、「アデュカヌマブ」というアルツハイマー病の治療薬で、これまでの薬とは作用機序がまったく異なり、アミロイドβタンパクに働きます。
患者さんによっては、認知症の進行を止められる可能性があります。しかし、費用もまだまだ高額であり、費用対効果を考えると悩ましいところがあるのですが、日本でも承認が審議されています(2022年1月現在)。
その場合は、事前にアミロイドPETで検査をして陽性を確認することが不可欠になりますから、アミロイドPET検査も新薬を投与する前には一般に行われるようになると考えられています。

 

認知症の症状と、予防のためのアドバイス

■ 認知症の症状

認知症の症状は、記憶の障害として現れる中核症状と、それに関連して現れる周辺症状(行動・心理症状/BPSD)に大きく分けられます。
中核症状には、「記憶障害」「遂行機能障害」などがあり、具体的には、食事をしたことを忘れてしまう、段取りが立てられず料理が作れない、テレビのリモコンの使い方が分からない、などの症状になります。
周辺症状(BPSD)には、「妄想」、「徘徊」、「暴言」、「暴力」などがありますが、症状が出ないひともいます。
ご家族が気づくアルツハイマー病の初期症状に共通して言えるのは、記憶の障害です。
自分が置き忘れているのに、大事な財布を盗まれたと身近なひとを疑い、「あなた盗んだでしょ」と、お嫁さんを犯人扱いすることもあります。これは、
「物盗られ妄想」という周辺症状の1つです。そんなときは、なくしたものを一緒に探し、本人に見つけてもらうよう誘導します。すると「盗られたんじゃない」と気づき、妄想が治まります。
頭ごなしに誤りを非難したり、「また同じことばっかり!」という言い方をすると攻撃的になることがあるので、適切な対応を心がけることが重要です。

■ 認知症予防のポイント

高血圧や糖尿病などの生活習慣病は、アルツハイマー病の発症や進行にも影響します。治療はきちんと受けるようにしてください。
年を取ったら痩せすぎないようにしましょう。足の筋肉が衰えないようにする意味でも、タンパク質をたくさん摂り運動を心がけてください。
夜は7時間くらいしっかり寝てください。脳の老廃物(アミロイドβタンパク)が壊されるのは夜です。夜はぐっすり眠る、昼間はちゃんと起きる、こういうリズムが大切です。
認知症予防に良いのは、身体的・知的な活動です。激しい運動をする必要はなく、少し早歩きで散歩するような有酸素運動がお勧めです。趣味のダンス、カラオケ、コーラスなども良いでしょう。大事なのは継続することです。1人でやるのではなく、集団で楽しんでやるほうが長続きします。
将棋や囲碁、麻雀が好きなら、仲間で集まってやるのもお勧めします。
高齢者なら社会参加ですね。ボランティアで小学生の朝の通学の見守りなどをするのも生きがいになります。
活動的な生活を送ると、神経細胞に障害が起きてからでも、症状を軽くできる可能性が高まります。
認知症は早期発見・早期治療が基本です。認知機能がたとえ悪化しても、周辺症状(BPSD)が出ない初期の段階であれば、対応する家族も楽になりますし、ケアの仕方で症状の出方もずいぶん変わります。
下に認知症の症状をまとめてみました。こうした日常の小さな変化に気づいてあげて、少しでも「おかしいな」と思ったら、早めに専門医に相談してほしいと思います。

 

認知症は、早めに初期症状に気づき、治療に取り組むかどうかで、
その後の人生が大きく変わります。

認知機能を調べる簡単なテスト

Q. 昨日の夕食の献立は何でしたか?

70歳から80歳くらいで5品食べたとして、3品答えられればだいたい正常です。MCIだと1品くらいになり、早期認知症だと1つも答えられません。
答えられないのを「いつもの残り物です」とか「たいした物は食べてません」と、〝取り繕い〟するようなら要注意です。

〈羽生春夫先生の著作紹介〉

認知症の診療、画像診断などの専門書のほか、認知症を知り、予防するための一般向け解説書も多数。
NHK「ためしてガッテン」や「きょうの健康」「ごごナマ」などのテレビ番組にも多数出演し、認知症の解説と啓発に努めています。