新百合ヶ丘総合病院 消化器・肝臓病研究所 所長 井廻道夫先生に聞く
ウィルス性肝炎から現代病としての脂肪肝まで
もの言わぬ臓器、肝臓と疾患
医療法人社団 三成会 新百合ヶ丘総合病院 消化器・肝臓病研究所 所長
井廻 道夫 先生
Dr. Michio Imawari
自治医科大学名誉教授 【 専門科目 】 |
●学会等/日本内科学会理事、日本肝臓学会理事長、日本消化器病学会理事、日本臨床分子医学会評議員、日本癌学会評議員等を歴任
井廻道夫先生は、厚生省がん研究助成金「C型肝炎ウィルスと肝細胞がんの発生に関する研究」研究班班長、「C型肝炎ウィルス感染による肝細胞がんの発生の予防と治療に関する研究」研究班班長などを務め、現在、厚労省医道審議会委員など多数の役職を務めています。
肝がんの原因要素である肝炎や肝硬変。進行を抑えるためには早期診断、早期治療が大切ですが、日頃から肝臓を健康に保つよう心がける〝予防〟の意識は欠かせません。
特に肝臓の現代病とも呼ばれる脂肪肝は、お酒をよく飲む人や、肥満、糖尿病の方に起きやすく、気づかないうちに肝硬変に進行することもあるため、食生活や生活習慣を見直して予防に努めることが求められます。
新百合ヶ丘総合病院で消化器・肝臓病研究所所長を務める井廻道夫先生は肝臓疾患の権威。肝炎ウイルス感染による肝がんの研究などに取り組み、新しい治療薬の開発にも携わってきました。
2011年に開催された「第53回日本消化器病学会大会」では会長を務めるなど、肝がんを撲滅することを最終目標に、現在ではさまざまなプロジェクトのスーパーバイザーとしても活躍。海外との医学研究成果の共有にも力をつくしています。
原因が分からない肝臓病のセカンドオピニオンや、消化器内科の外来診療も行う井廻道夫先生。最新の知見に基づく診断と治療から、現代人が気をつけたい肝炎と生活習慣との関係などについて解説して頂きました。
肝臓の病気はきちんとした診断がされず、埋もれているケースが多い
東京クリニックや新百合ヶ丘総合病院では肝臓だけではなく、膵臓や胆管、さらに隣接領域など消化器全般の診療も行っていますが、いわゆる肝臓専門でないとなかなか診断できないような原因不明の肝臓の患者さんの診断や治療が主な仕事になっています。
ある患者さんはお酒を飲まないのですが、肝臓の調子が悪く、どこの病院でも「あなた、実は飲んでるでしょう」と言われて困っていました。特に原因が見つからないので、ウソをついていると思われるのです。そこで当院を受診されたのですが、診断してみると原発性胆汁性胆管炎という肝臓の病気でした。
このように、肝臓はきちんとした診断がされずに患者さんが埋もれているケースが多いので、診療科が緊密に連携して診療にあたることが大事になります。東京クリニック総合診療内科の北本清先生から紹介を受けた原因不明の肝障害の患者さんは、調べてみると甲状腺機能低下に伴う肝障害でした。
肝臓は定期的な検査が大切
肝臓というのは沈黙の臓器と言われるように、症状が出て受診される時には病状が進んでしまっていることが多いので、定期的な肝機能検査が大切です。
肝炎の患者さんで今増えているのは肥満や糖尿病などが原因の脂肪肝です。脂肪肝は、以前は進行しないと言われていましたが、最近ではその1割から2割は進行することが分かっています。放っておけば肝硬変から肝臓がんになる可能性もあり、注意が必要です。
肝臓に異常があると、血液検査でAST(GOT)、ALT(GPT)、γ–GTPなどに異常な値が出てきます。
一般に血液検査で肝機能の異常が見られれば、腹部超音波検査、CT、MRIなどの詳しい検査を行います。肝臓の組織を見る必要があるときは肝生検を行います。
超音波検査は肝臓に脂肪がたまっているかどうか、あるいは慢性肝炎、肝硬変が進行して肝がんが発生していないかなど、質的な診断をする上で非常に有益です。痛みもなく体に優しい検査です。
CT、MRIは肝疾患の場合、造影剤を使って行います。超音波検査で異常があれば造影CTや造影MRIを用いることもあります。
肝がんはPETでは発見しにくいと言われていますが、PET—CTがんドックには人間ドックのメニューも含まれていますから、複合的な検査で肝臓の病気の早期診断にも役立ちます。
さまざまな肝臓の病気があり、早い時期に専門医の診断を
肝機能異常、つまり肝臓が悪いということで患者さんが相談に来られたら、最初にウィルス性なのか、ウィルス性でないのかを判断します。
ウィルス性だと、A型、B型、C型、E型のどれに該当するかを判断します。ほかにD型もありますが、これは日本には少なく、あまり見られません。
A型とE型は急性だけですから、もしも肝機能が去年も今年も悪かったとすれば、慢性のB型なのかC型なのか、ということになります。
B型肝炎ウィルスを持つ人は日本に100万人から120万人くらいいますが、そのうちの約9割に肝炎はありません。いわゆる健康なキャリアです。C型肝炎ウィルスを持つ人は150万人から200万人くらいですが、多くの方が慢性肝炎、肝硬変の状態です。
ですから、われわれの治療の大きなターゲットは、ウィルス性のC型と一部のB型肝炎です。治療したり、定期的にフォローアップする対象になっています。
一方、ウィルス性でないとすれば、非アルコール性脂肪性の肝障害、アルコール性肝障害、中年女性ですと自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎などが疑われます。ほかにも肝障害を引き起こす病気として、子どもならウイルソン病という銅の代謝異常などで起きるものがあります。
いずれにせよ、早い時期に専門医の診断を受けることが必要です。
左:肝硬変成因別頻度 (第44回肝臓学会総会,2008年 資料)
AIH:自己免疫性肝炎 PBC:原発性胆汁性胆管炎 NASH:非アルコール性脂肪肝炎
右:肝臓の超音波検査画像
ウィルス性肝炎とその原因
ウィルス性肝炎の原因として、昔は輸血が最も多いと考えられていました。しかし、C型肝炎で輸血歴のある方は約40%。原因不明が実は一番多いのです。
C型なら、終戦直後の覚醒剤や、感染予防の対策がまだない頃の予防接種、つまり針を拭くだけで注射を続けたために感染が広がったという事情があります。1988年まで対策に法的な義務づけはありませんでした。
B型に関しては、ほとんどが出産のときに感染する母子感染です。大人になってから感染しても慢性化することは少ないのですが、C型だと大人になって感染し、多くは慢性肝炎に移行します。
D型というのは、ウィルスが単独では増殖しませんが、B型肝炎のタンパクの一部をヤドカリのように借りて増殖します。B型とD型が重なるとかなり激しい肝炎を起こすことがあります。
D型は、地中海、中南米、南アフリカなどの外国に多く、日本では沖縄の一部で見られることがあります。
肝炎をめぐって、これからの課題を整理してみると
肝炎をめぐる現状と、これからの課題を整理してみましょう。ウィルス性肝炎は原因が何かまだ分からないことも多いのですが、医療器具を通しての感染は今ではほとんどありません。
急性B型肝炎は最近は日本では少なくて、風俗で入ってくるケースもありますが、気をつければ新たな発生は抑えられると思われます。
新たなC型はほとんどありません。
B型の母子感染は出産のときに調べて、リスクがあるお子さんにはグロプリンという薬とB型肝炎ワクチンを投与して抑えます。ですから、ゼロではないけれど、新たなB型肝炎は抑えられると考えられます。
すると、問題になるのは、お酒が原因になるアルコール性の肝障害で、今、日本には250万人から260万人くらいいるだろうと言われています。
それから、肥満の増加にともなう脂肪肝があります。脂肪肝はおそらく1000万人から1500万人くらいいるだろうと言われており、そのうち1〜2割、100万人から200万人が肝硬変まで進むようなタイプの脂肪肝だろうと言われています。
興味深いのは、お酒を飲まなくても肝臓のアルコール性脂肪肝と同じような変化をきたす病気があることです。これは、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)として医学的に診断が確立しています。肝臓の組織は互いにそっくりなのですが(注1)。
ですから、これから糖尿病も増え、肥満も増える。それにともなって、C型肝炎ほどでなくても、ある程度の肝がんの患者さんは出てきます。
C型やB型の肝炎の方は、半年や1年に1回、定期的に超音波検査をしてフォローもしますが、太っていても体に異常のない方は、なかなか画像検査をする機会がありませんから、健診やドックが大事になります。
留意したいのは、血小板が少ない人は肝組織の繊維化(注2)が進んでいることが多いのですが、脂肪肝になると脂肪でなかなか画像が見えにくいということです。
肝臓がテカテカ光って見えていて、それでいて血液検査のAST、ALTの値が高い場合は要注意と考えて下さい。
左:注1 肝臓の病理組織
通常の脂肪肝(左)と、アルコール性の脂肪肝(右) の比較/それぞれの病理組織には違いが見られない
右:注2 繊維化が進んだ肝組織
診断は、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
メタボリックシンドローム(肥満、2型糖尿病、高脂血症、高血圧)に伴うことが多く、10〜20%が肝硬変に進行する
肥満と脂肪肝、肝がんについて
アルコール性肝障害は統計的には横ばいです。非アルコール性の脂肪肝、つまり肥満がこれからの一番の問題です。生活習慣病をきちんとフォローしていかないと、気がついたら大きながんができているかもしれません。
一般的に、BMI(注3)は25以上が肥満とされていますが、調べてみるとBMI25以上の約半数、 25未満でも約10%に脂肪肝が見られます。
ALTの値で言うと、男性が25以下、女性は20以下が本当の正常値です。それ以上の人は肝臓に何らかの異常があると考えられます。異常があって原因が分からないときは、専門医の診断を受けて下さい。病気が見つかることも多いですし、治療もできます。
脂肪肝は比較的無視されがちですが、やはり一度きちんと専門医にフォローしてもらったほうがいいでしょう。
私の場合はBMIが25だと、もう完全に脂肪肝です。23になって初めて脂肪肝がなくなります。
血糖に関する指標として注意してほしいのは、インスリン抵抗指数です。空腹時のインスリンと血糖値を測って算出する指標ですが、その値が2・5を超えるようならインスリンが効きにくいということになります(注4)。これはまずいですよ。
日本人は外人に比べてインスリンに対する感受性が低いので、より体重を落とさないと、血糖のコントロールがうまくいきません。もっと痩せなさい、ということになります。
年をとると基礎代謝が落ちるので、その分摂取エネルギーを減らさないといけません。食事療法、運動療法が治療法ということになります。
写真左:第53回日本消化器病学会大会特別講演で司会を務める井廻道夫先生(JDDW2011福岡大会/共催 日本肝臓学会)
右上:注3[肥満度の判定] 右下:注4[HOMA-IR インスリン抵抗性の指標]
食事と飲酒についての注意点
食事の管理は大事です。C型肝炎ウィルスのタンパク質には肝臓に鉄をため込む性質があり、しじみなど鉄分の多い食品は良くありません。鉄は肝臓のなかで活性酸素・フリーラジカルを産生し、細胞を攻撃してしまうのです。貧血の方は別ですが、これは一般の健康な方にも言えることです。
コーヒーを飲むと肝がんの発生が少し抑制されるという研究もあります。
お酒はアルコールの絶対量が問題です。日本酒だと1合が健康には一番いいと世界的に言われていて、2合になると体に悪い人も出てきます。ですから、日本酒1合換算で考えて、ビールの中瓶1本。ワインだと3分の1本くらい。ウイスキーだとシングル2・5杯、それくらいが等量ですから、飲む量を2合以内にして、そのうえで週に1〜2回は休肝日をつくることを心がけてほしいですね。