メディコンパス/2008年3月取材:Pain clinic to treat pain and improve quality of life

東京クリニック 院長/メディコンパスクラブ 理事 宮崎東洋先生に聞く
痛みとペインクリニック—さまざまな種類の痛みと治療

注射一本で痛みを取り去り生活の質を高める


医療法人財団 健貢会 東京クリニック 院長
宮崎 東洋 先生
Dr. Haruhiro Miyazaki
順天堂大学医学部名誉教授
 

【 専門科目 】
疼痛学、麻酔一般、特に臨床疼痛学が専門
 
【 Profileプロフィール 】
1941年 長崎県生まれ。
1970年 順天堂大学医学部大学院修了
1993年 順天堂大学医学部教授
現在 順天堂大学医学部名誉教授、医療法人財団健貢会 東京クリニック院長
 
日本ペインクリニック学会、日本疼痛学会、日本局所麻酔学会等で会長・理事などを歴任

私たちが感じる刺激のなかで最も不快な感覚が〝痛み〟です。
激しい痛みは生活の質を低下させます。
痛みは感じないほうがいいように思うかもしれませんが、体の警告として必要な痛みもあります。その一方で、体に必要のない痛みもあり、神経ブロック注射などで痛みを解消すると、日常生活が支障なく送れるようになります。
宮崎東洋先生はこうした治療を行うペインクリニックの第一人者。東京クリニックの院長で、メディコンパスクラブ理事を務めています。順天堂大学医学部教授を長く務め、NHK「今日の健康」出演や著作を通して、ペインクリニックへの理解や普及にも力を注いできました。メディア取材も多く、テレビや雑誌などでたびたび診療の様子も紹介されています。
専門は麻酔学で、東京クリニックの診療予約は常に半年以上先まで埋まっているほど。痛みに苦しむたくさんの患者さんに向き合ってきたからか、誠実な人柄とともに、人を元気にするような陽気さや気さくさが感じられる優しいドクターです。
宮崎東洋先生にペインクリニックとは何か、神経ブロックとはどのようなものか、その特長や実際の症例などについてうかがいました。

痛みを専門に扱うペインクリニックとは?

—ペインクリニックはどのような診療科なのでしょうか。

痛みにはいくつかの種類があります。疾患が原因の痛みは体のサインとして必要な痛みですが、治療が困難な有害な痛みや、いくら検査をしても原因の分からない痛みもあります。
後者の長く続く慢性的な痛みは、心身を衰弱させ、日々の〝生活の質〟を低下させてしまいます。
手術をした傷あとや、けがをしたところの痛みがいつまでも消えず、〝不必要な痛み〟に悩む患者さんはたくさんいます。
ペインクリニックは、こうした痛みを、投薬や神経ブロックなどの方法で解消する診療科です。
慢性の頭痛、腰痛、首や肩、胸などの痛み、がんの末期の疼痛緩和なども行います。
一般の方は、普通の医療と少し違った印象を受けるかもしれません。
痛みということに着目し、神経痛からがんの痛みまで対応します。たいていの痛みは何らかのかたちで解消できると思っています。
東京クリニックは〝診療の羅針盤〟という性格上、各診療科の外来では直接的な診療、治療を行うよりもセカンドオピニオンというかたちでのご相談が多くなりますが、ペインクリニックだけは診断もするし、治療もするというクリニック完結型の診療科です。

神経ブロック注射とペインクリニックの実際の症例

—神経ブロック注射について教えてください。

神経ブロックとは、ペインクリニックで行う保存療法で、局所麻酔薬などを神経に注射して痛みをとる治療法です。
原因となる病気を根本的に治す治療法がない場合や、高齢などのために手術などの根治療法を行えない場合、あるいは根治療法によりかえって深刻な後遺症を生じさせる危険があるような場合、痛みをコントロールするために用いられます。
骨粗しょう症の患者さんで、背骨が変形して椎間板が潰れ、腰の神経が圧迫されるケースがあります。これは痛いですよ。こうした場合に足の痛みを一時的に遮断する神経根ブロックの注射をすると、痛みがなくなります。注射は1分足らずで終わります。治療から3時間ほどで痛みがなくなって、杖なしで歩けるようになることが多いです。
瞬間的に激痛が走りますが、その痛みに見合うだけの効果があります。
神経ブロック注射とは、痛みの伝達を遮断する方法で、通常5分ほどすると痛みはなくなっていき、慢性的なしびれや痛みから解放されます。
痛みに顔を歪めていた人が、治療後一週間くらいして再診でお会いするとき、和らいだ表情で診察室に入ってきてくれたら最高ですね。
注射は何度か繰り返すのが普通ですが、おおむね4〜5回ほどで楽になる方が多いです。

がんの痛みに苦しむ姿に触れ痛みをとり去る治療の道へ

—宮崎先生がペインクリニックという道を専門に選ばれたのは、どのような理由からでしょうか。

学生の頃は外科医を志望していたのですが、インターン時代、日本でも専門的に痛みを治療する医療分野がなければならない、という空気が高まっていて、それを担おうとする麻酔科の動きに共感したのです。ちょうど日本のペインクリニックが始まろうとする時期でした。
実はその頃、伯父が肺がんになって、見舞いにいったときの顔が忘れられなかったのです。
白いワイシャツを着ていた私を見て、白衣に見えたのでしょう。医者だと勘違いして、痛み止めの薬を下さいと言うのです。悲惨でした。その強烈な体験があって、私もペインクリニックの道に進むことを決意しました。
ペインクリニックの創成期には、がんの疼痛緩和が大きな仕事でした。
私はがんの患者さんばかり診ていたくらいです。あと半年と宣告される人たち。当時はがん医療も未熟で、医者が匙を投げざるを得ない状況が多くありました。医者としては無責任じゃないか、と思えたわけです。せめて痛みだけでもなくしてあげたい。QOL(生活の質)改善は絶対必要な仕事です。私の弟子の中には、がん性疼痛を専門にする医師もたくさん育っています。
東京クリニックにはベッドがないので、今はがん医療に直接関わることは少ないのですが、セカンドオピニオンという形では積極的に関与しています。

写真:宮崎東洋先生の著作から 
ペインクリニックの専門書、技術指導書のほか、痛みの治療と神経ブロック注射などについて一般向けに分かりやすく解説した書籍も多数

ペインクリニックは、全身のあらゆる治療に精通していなければなりません

—がん性疼痛のお話がありましたが、ペインクリニックは他の診療科と連携して患者さんの痛みや苦しみの緩和に取り組み、QOLの改善に寄与する、ということでしょうか。

がんの治療に関しては、以前とは状況が変わっていて、末期の患者さんばかりが対象ではありません。放射線治療をすればいろいろな痛みも出るし、化学療法をすれば神経がビリビリ痺れたりします。
それを一緒に診ていきましょうというのが、私たちの考え方です。あらゆる医療の場面で痛みの治療は重なって出てくることがよくあるのです。
ペインクリニックは、痛みのある患者さんに注射をして痛みをとるだけ、と思われがちですが、そうではなくて、ある意味では全身のあらゆる治療に精通していなければなりません。
痛みの有無は、患者さん本人にとっては天国と地獄ほどの違いがあります。つらい痛みは心にも影響を与えかねません。原因も分からず、体から消えない痛みに悩み、生きていることに絶望したり、何かに罰せられているような感覚に陥ることさえあるのです。
医者としては体の痛みを確実にとる。体の痛みがある程度抑えられると、心や人間関係、社会的な痛みも解決できる方向に向かいやすいわけです。
痛みに向き合うということは、QOLを通して患者さんの人生に向き合うことです。だから、大変なことをしている可能性はあります。医者は皆そうですが。

麻酔科とペインクリニック

—麻酔科とペインクリニックはどのように違うのでしょうか。神経ブロック注射は、同じ薬を使っても効果に違いが生じるそうですが。

麻酔は一般の麻酔科でも行いますが、通常、時間が経って麻酔薬が切れると痛みは再現されます。けれども、神経ブロックは同じ薬を使っても、同じレベルの痛みには戻らないという特徴があります。
ペインクリニックは麻酔科から始まりましたが、麻酔科とは違う世界を開拓してきました。
注射で麻酔を繰り返すと、痛みは消えていきます。何回やっても元に戻る人もいますが、その場合はまた別の方法を使うことで、痛みのない状態が維持できます。
痛みはなくなっても痺れを伴う状態が続くということもあります。そうした場合には患者さんと相談して、どちらを望むか、天秤にかけて決めてもらうことになります。
すると、たいていの痛みは何とかなります。しかもそれはメインの方法であり、それにプラスして治療薬を駆使するのです。
私たちは、薬についても実は専門家です。患者さんと真剣に向き合い、痛みを解消する最も良い方法を選び出すのです。
ペインクリニックの治療は専門的な医学知識と臨床経験によって支えられています。

痛みに対して総合的に対応

—痛みに悩みながら暮らしている方もたくさんいらっしゃるかと思います。そうした皆さんへのアドバイスなどをうかがえますか?

神経ブロック注射でも、的確に神経を探り当てるためには、解剖学の徹底した知識と経験がベースになければなりません。
痛みで顔が歪んでいた人が笑ってくれるだけでも一歩前進です。薬は手術をする病院ならどこでも手に入るような薬剤です。特殊なものではありません。医師は副作用がないように技術を磨きます。正しく処置していれば問題ありません。そのためにペインクリニックの医師は専門的な勉強をしているわけです。
患者さんの症状は三叉神経痛、片頭痛、骨の変形の痛み、ヘルニアの痛み、帯状疱疹、頚椎疾患、血流障害、そしてがん性疼痛などが代表的なものです。整形外科に通い、いろいろな治療を受けても症状が改善されず、たくさんの方が痛みを抱えたまま、毎日を送っています。この痛みが消えたら、どんなに救われるだろう。そんな悩みをお持ちの方は、思いきって相談してほしいと思います。
痛みの患者さんは女性が多く、男性と3対2の割合です。女性は我慢強いのか、高齢になってから受診する傾向があります。ひどくなる前に来てくれたほうが治療はしやすいのですが。若い人では、片頭痛が多いです。年齢とともに出にくくなりますが、かなり改善できます。肩凝りや冷え性も治療します。
ペインクリニックは特殊性が強くて敷居が高いと思うかもしれませんが、何の痛みでも対応します。胆のう炎で受診してもかまいません。総合的に私たちが判断をして、適切な診療科を紹介します。そういう病気を見分ける勉強もきちんとしていますから。(笑)

写真:南東北グループ 医療法人財団 健貢会 東京クリニック
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