南東北がん陽子線治療センター センター長 村上昌雄先生に聞く がん陽子線治療の最前線
陽子線治療の新たな展開
陽子線治療はこれまでの放射線治療とは違い、不必要な被ばくを避け、再発がんの治療にも有効です。
一般財団法人脳神経疾患研究所附属 南東北がん陽子線治療センター センター長
獨協医科大学特任教授/医学博士
村上 昌雄 先生
Masao Murakami M.D.,PH.D.
放射線腫瘍学
●放射線治療専門医
(日本医学放射線学会、日本放射線腫瘍学会共同認定)
●日本放射線腫瘍学会(代議員)
●日本粒子線治療臨床研究会(世話人)
●スペーサー治療研究会(世話人)
●PTCOG member
1982年 神戸大学医学部卒業、同大学医学部放射線科入局
1983年 川崎医科大学放射線治療部門研修医
1984年 大阪警察病院放射線科研修医
1986年 神戸大学病院放射線科助手
1987年 天理よろづ相談所病院放射線科医院・副部長
1999年 兵庫県立粒子線医療センター準備室課長補佐
2001年 兵庫県立粒子線医療センター放射線科長
2005年 兵庫県立粒子線医療センター医療部長
2009年 兵庫県立粒子線医療センター副院長
2010年 兵庫県立粒子線医療センター院長
〃 神戸大学客員教授(粒子線医学部門)
〃 大阪大学招聘教授(保健学専攻)
〃 独立行政法人医薬基盤研究所客員研究員
2012年 獨協医科大学医学部教授
〃 獨協医科大学病院放射線治療センター長
2017年より現職
陽子線治療は、通院で今の生活や仕事を続けながら治療を受けることができる「切らずに治す」がん治療です。
2016年には小児がん、2018年には前立腺がんなどが公的保険の適応となり、陽子線治療を受けたいという患者さんも増えています。適応疾患は2年ごとに厚労省で改定されるため、今後はさらにほかのがんへの適応拡大が期待されています。
2017年に南東北がん陽子線治療センター長に就任された村上昌雄先生は、兵庫県立粒子線医療センター院長として多岐にわたる症例への粒子線治療に取り組み、以来、機能温存が求められる頭頸部腫瘍、手術が困難な肺がん、肝がん、膵がんの他、数々の再発症例など、手術や抗がん剤治療と組み合わせた複雑ながん治療にも力を注いできました。
村上昌雄先生に、陽子線治療の優れた特長と適応疾患の概要についてお話をうかがいました。
粒子線治療の特長:ブラッグピーク
陽子線治療は放射線のなかの粒子線を用いた治療法です。
光速近くに加速した粒子は、最大のエネルギーを放出する「ブラッグピーク」(図1)を形成して止まるという物理的な性質があります。
粒子線治療はこの性質を利用して体の深いところにある病巣だけを狙い撃ちします。
通常の放射線治療で用いるX線は、レントゲン撮影などで使うのと同じ光子線(電磁波/図2)で、体の中にできたがんを治療しようとすると、がんだけでなく体を突き抜けてしまうため、通過する正常組織への被ばくは避けられませんでした。
それに対して粒子線治療は「ブラッグピーク」を形成して止まるので、後にある臓器への被ばくを避けながら治療できます。それによって、切らずに、機能や外観を温存させながら、ほかの臓器への無駄な被ばくを抑えた局所へのがん治療が可能になります。
陽子線と重粒子線の比較
「ブラッグピーク」は通常の放射線には存在せず、陽子線、重粒子線(炭素線など)などの粒子線だけが持つ優れた特長です。
粒子線のなかでも、水素の原子核である陽子を用いたものが陽子線治療です。粒子線にはそれ以外にも炭素線などを用いた重粒子線があります。
両者を実際の治療で使った医師はなかなかいないと思いますが、私は1999年から前任地の兵庫県立粒子線医療センターで、陽子線と炭素線を用いて粒子線治療を行ってきました。
特徴としては、炭素線は横揺れのようなものが比較的少なく、陽子線は止まりがシャープです。臨床的な経験から言えば、炭素線も陽子線も治療成績に大きな差はありません。米国では、陽子線を主体とした粒子線治療が行われています。
陽子線治療の特長:生物学的効果
粒子線が持つもうひとつの特長に、生物学的な効果があります。同じ量の放射線でも、粒子線はX線に比べてより良くがんを死滅させることができます(図3)。
がん細胞は、そもそも人間の体のなかに生まれた異常な細胞で、どんどん増えていきます。それが血管に入れば転移して、転移したところでも増え続け、人間の命を奪うわけです。
がん細胞であっても遺伝子はDNAからできていて、細胞分裂するときにDNAのダメージを修復できなければ細胞は死に至ります。
放射線治療はがん細胞のDNAを攻撃します。DNAは2本の鎖からできていて、通常の放射線は1本の鎖を切断します。ところが、残り1本の鎖があれば、DNAは修復されやすいのです。粒子線は2本の鎖を切断する効果が高く、がん細胞のDNA修復を困難にします。言い換えればがんが治りやすいということです。
前立腺がんの陽子線治療
陽子線治療は、2016年に小児がん、2018年に前立腺がん、頭頸部がん、骨軟部腫瘍の一部が公的医療保険で治療できるようになりました。そのため、前立腺がんの患者さんで、ぜひ陽子線治療を受けたいという患者さんが増えています。
前立腺がんは、治療に複数の選択肢があります。IMRT(強度変調放射線治療)やサイバーナイフ、小線源治療、ロボット手術などがあり、それらは体への負担が少なく、生存率やPSAの制御など、がん治療としての有効性が認められています。
ただし、どうしても失禁、排尿困難、勃起障害などの合併症のリスクがあり、治療法の選択についてご相談を頂くこともあります。陽子線治療ですと、それらの合併症はなく、血尿、血便というリスクが5%ほどになります。
前立腺がん治療の現状
南東北がん陽子線治療センターがある総合南東北病院にもIMRTがあります。コンピュータの助けを借りて腫瘍部分に放射線を集中照射する良い治療ですが、前立腺がんが陽子線治療の保険適応になってからは、IMRTによる前立腺治療者はゼロです。
それは費用負担がほぼ同じになったからというだけでなく、IMRTが通常の放射線を用いるため、どうしても膀胱、直腸、小腸などにも放射線があたってしまい、周囲の臓器への痛み分けが起きてしまうからです。もし将来次の治療が必要なとき、最初の治療で無駄な被ばくは避けておくに越したことはありません。
前立腺がんは、アメリカでは30%くらいが手術で、残りは放射線治療(小線源治療や陽子線治療など)です。日本ではまだ手術が多くを占めていますが、時間が経てば放射線治療が主体になるのではないかと推測しています。
確定的影響と確率的影響
放射線による副作用には確定的影響と確率的影響があります。
確定的影響とは、直腸や肺などの臓器に放射線を当てる場合、しきい値と呼ばれる一定の放射線量までは発症せず、それを越えると直腸出血や放射線肺炎などの影響が生じるというものです。放射線治療の際には計画段階から当てる量を厳密に計算します。
確率的影響は、小線量の被ばくに関することで、しきい値はなく線量にともなって比例して増えていきます。2次発がんや、奇形(遺伝的影響)などの障害として発生するものですが、それらは現れるとしても30年以上先であることが多いため高齢者は考慮しなくても良いという意見もあります。しかし人生100年と言われる時代、50代、70代の患者さんでも長期予後のQOLや放射線治療のリスクは意識すべきです。80歳になって2次がんの治療をするようなケースは十分にあり得ます。
確率的な影響は分からないところもあります。しかし、そこにあぐらをかいて、被ばくのことはさておき、という話ではなく、がん治療にあたる者は、将来のリスクも意識すべきです。X線より陽子線のほうが、無駄な被ばくを避けられるという意味はとても大きいのです。
小児がんが先に陽子線治療の保険適応になりましたが、それは2次発がんのリスクへの考慮があります。子どもたちの放射線治療をして、将来そこから2次発がんが起きたら困りますから。
あきらめないがん治療 再発がんに対する再照射
陽子線治療は、あきらめないがん治療ができます。
たとえば、肺がんで放射線治療をする場合、通り道にある脊髄の耐用線量の限度である45グレイを初回の治療で使い切ってしまうと、同じところにがんが再発しても再照射できません。そのため「もう抗がん剤治療しかない」、「緩和ケアを」という話になるのです。それに対して陽子線治療なら再照射ができますから、あきらめずに積極的な治療を受けられます。
私たちは、肺がん、縦隔腫瘍、頭頸部腫瘍、膵臓がん、肝臓がんなど、いろいろな臓器でたくさんの再発症例の再照射治療を行っています。食道がんの再発の場合は食道に穴があく可能性があるので、再照射できないこともありますが、こうしたことが陽子線治療で可能だということは、医療関係の方にもあまり知られていません。いわばほかの病院で見放されたような患者さんでも、当センターで再度治療して治るケースは多いのです。
陽子線治療の新たな展開
当センターはこれまで舌がんなど頭頸部の難しい治療でほかの陽子線治療センターにはない実績があります。動注(注1:動注化学療法)を併用した陽子線治療では、新しく専門のドクターが赴任し、膀胱がんの効果的な治療を開始しています。
2019年4月には、当センターのすぐ前に南東北創薬・サイクロトロンセンターが開所しました。そこでは隣接するBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)で用いる薬剤の開発だけでなく、PETを用いた診断や治療に直結する薬剤開発も進めています。
そのなかで、放射線治療が効きやすいかどうかを治療前にPETで調べる薬剤の研究が進められています。ひとつの腫瘍のなかでも、治療が効きやすい組織と効きにくい組織をPET画像で見つけるのです。これができれば、効きにくいところは強く治療し、副作用も軽減するといった治療の個別化、最適化が可能になります。
陽子線治療装置は第2世代のものが誕生しています。腫瘍のある領域を5ミリくらいの賽の目にスキャンし、腫瘍の形状に合わせて立体的に高精細な治療が可能になります。言わば「強度変調粒子線治療」と言えるもので、導入についての検討も始めています。
BNCTは、世界初です。これまでの放射線治療とまったく原理が異なり、脳腫瘍の局所療法などで大きなインパクトを与えるでしょう。
こうした先進的な医療施設は当センターを含めて1ヵ所に集中していますから、隣接する総合南東北病院と一体になって、ここが世界のがん放射線治療をリードする最先端のエリアになるよう努力していきたいと考えています。
(注1)動注化学療法とは、動脈から細いカテーテルを挿入し、高濃度の抗がん剤を直接がんに行き渡らせる治療法です。陽子線治療と併用することで高い治療効果が期待できます。
外科との連携—スペーサー留置術
南東北がん陽子線治療センターは、地域がん診療連携拠点病院である総合南東北病院の各診療科との連携がスムーズです。
膵臓がんなどでは陽子線単独治療でも今の標準的な化学療法に比べて2倍くらいの命の延長が得られますが、そこに外科手術を組み合わせると、根治を目指せることもあります。ですから、外科とのコラボは非常に大事です。
放射線に弱い胃、腸のがんは陽子線治療の適応外です。肝臓や膵臓がんの治療をするときも隣りにある胃や腸にあたるのを防ぐため、十分な量の放射線を投与できません。そこで、スペーサー留置術という方法を用いて胃や腸との間に間隔を作り十分な陽子線治療を可能にします。
この方法は外科的な処置で、総合南東北病院院長の寺西寧先生(外科医)と一緒に多くの症例で行っています。手術でも取れないし、放射線でも十分に治療できなかったがんを陽子線治療で治すことができるわけです。
独自のがん治療と化学陽子線治療
がんが見つかったとき、がん治療施設ならどこでも同じ治療ができるというわけではありません。
陽子線治療ががん治療の選択肢として提示されないことも未だにあるようですし、陽子線治療施設でも、外科との連携や化学療法も可能な病院設置型の施設でないとできない治療もあります。
私たちは、保険診療のほかにも、先進医療、自由診療という3つの枠組みで患者さんを受け入れ、ほかの陽子線治療施設ではなかなか難しい治療にも取り組み、実績を重ねています。
前立腺がんについては、これまで37回から39回と治療に2ヵ月かかっていたものを、半分の21回で終えようという試みも始めています。
先進医療として扱えば、転移がんの治療も可能です。転移が3個以内でほかに転移がないような場合(オリゴ転移)には、陽子線治療の良い適応になりますし、先進医療では転移がんは3つ以内と限定されていますが、自由診療で行うなら4つでも治療は可能であり、患者さんの救済に繋がります。
抗がん剤と陽子線を併用する化学陽子線治療は、進行がんの患者さんの大きな福音となっています。
Ⅲ期肺がん、間質性肺炎や閉そく性肺疾患などの低肺機能を合併する肺がん、食道がん、肝がん、胆管がん、膵がんや膀胱がんなども、化学療法を併用した陽子線治療を進めています。
がん治療の選択に悩んだら、お気軽にご相談ください。
今までの病院では治療を断られるようなケースでも、治療できることが多くあります。あきらめてしまわずに陽子線治療を検討してみてください。
南東北がん陽子線治療センターで治療可能ながん
今、陽子線治療は、「切らない」で、「小さながんは治すことができる」と、自信をもって言える時代になっています。これからは、「切れないがん」、つまりⅢ期の転移していない局所進行がんも治していきたいと考えています。
当センターのがん患者さんのステージ別の割合は、Ⅰ期とⅡ期で全体の2割くらいを占めます。Ⅲ期がんは4割くらいで、あとの3〜4割がⅣ期がんというのがおおまかな割合です。がんの患者さんにはⅢ期の方が多いので、その治療成績を高め、困っている患者さんを救いたいというのが私たちの目標のひとつです。
照射時間そのものはわずか1~2分です。がん治療を考える際には、陽子線治療を常に念頭に置いて頂くと良いかと思います。