メディコンパス/2015年2月取材:Efficacy of the da Vinci Surgical System in prostate cancer surgery

新百合ヶ丘総合病院 泌尿器科/ロボット手術センター センター長 吉岡 邦彦 先生に聞く
ロボット手術「ダビンチda Vinci」の有用性について

前立腺がん—診断と手術の最前線


新百合ヶ丘総合病院 泌尿器科
ロボット手術センター センター長
吉岡 邦彦 先生
Dr. Kunihiko Yoshioka
 

メディコンパス 吉岡邦彦先生号表紙

【 専門科目/分野 】
泌尿器科:専門は悪性腫瘍/特に前立腺がん手術・膀胱がん手術
【所属学会】
○日本泌尿器科学会
○日本癌学会
○日本癌治療学会
○日本ヒト細胞学会
○米国泌尿器科学会
○日本ロボット外科学会
●日本泌尿器科学会専門医/指導医
【 Profileプロフィール 】
1987年 島根医科大学卒業
1987年 慶應義塾大学医学部泌尿器科を経て2001年東京医科大学病院泌尿器科に入局
1992年 チュレーン大学留学を経て、2001年東京医科大学病院泌尿器科に入局
2011年8月教授に就任、同年10月よりロボット手術支援センター長を兼務
2014年10月1日より新百合ヶ丘総合病院ロボット手術センターセンター長に就任

早期の前立腺がんの場合、長期生存が最も期待できるのが手術とされていても、治療法選択の中で外科的な手術はどうしても敬遠される傾向にありました。
それは前立腺のある位置が手術に独特の難しさを強い、その結果、合併症や後遺症、がんの取り残しが問題になっていたからです。
「それを克服するための最良の答えが、現在のところロボット手術になるということです」
そう語るのは新百合ヶ丘総合病院のロボット手術センター長 吉岡邦彦先生。
「ロボット手術は開腹手術と腹腔鏡手術の『いいとこどり』をした低侵襲の手術」だと言います。
吉岡先生は2006年、日本で初めて手術支援ロボット「ダヴィンチ」を泌尿器科に導入し、前立腺がんや膀胱がんのロボット手術を進めてきました。現在、手術件数は全国ナンバーワン。ロボット手術の国際学会では日本人でただ一人「Faculty」に選出されています。
ロボット手術のパイオニアであり、第一人者である吉岡邦彦先生に、前立腺がんの診断、治療の問題点や、「これまでの手術とは質が違う」と表現されるロボット手術のメリットについてお話しをうかがいました。

前立腺と前立腺がん

前立腺は男性にしかない臓器です。恥骨の裏、膀胱のすぐ下にあって、この中を尿道が貫いて走っています。
この臓器は、精子と混ぜる精液をつくって、精子の安定化をきたすという役割を果たします。男性ホルモンによって発育するという特徴を持ち、膀胱と一緒になって排尿調整にも関わっています。

前立腺がんは症状がないことが多く、高齢化や食の欧米化、PSA検査の普及を背景に、急速に増加しています。
患者さんの数(罹患率)はどんどん増えていて、2025年頃には男性のがんのなかで、胃がんにつぐ第二位になると予想されています。増加率は一位、患者さんの数が増えるにつれて、死亡率も高まっています。
前立腺がんは高齢男性のがんであるとよく言われますが、中壮年期の男性にも決して少なくはありません。

PSAの値について

前立腺がんはPSA検査で早期発見できる可能性の高いがんです。PSAとは、前立腺特異抗原のことで腫瘍マーカー(がんの血液検査)として利用されています。
これは、前立腺でしか発生しないある種のタンパク質で、がんになると値が高くなります。1CCの採血だけで調べられますから、最近では50歳を過ぎたらPSA検診を受けて、がんの可能性を調べることが推奨されています。
PSAの値は4以下は正常と言われています。(単位はng/mL)4から10はグレーゾーンで、がんの疑いがちょっと高い。検査をしてみると、30%から40%のひとに前立腺がんが見つかります。10を超えると、かなり積極的にがんを疑って検査すべき値です。

日本泌尿器科学会では、年齢階層別PSA基準値というものを推奨しています。前立腺は年をとるにつれて大きくなり、PSAの値も上がることから、50歳台は3、60歳台では3.5、70歳を超えたら4という値を基準とし、それを超えたら専門医を受診し、精密検査を受けてほしいということです。

前立腺がんの診断

診断は、まずPSA検査でがんを疑って、その後、前立腺生検をします。組織学的に前立腺にがんがあるということを証明するわけです。
生検では通常12か所ほどに針を刺します。前立腺がんの有無、見つかったがんのタイプ、悪性度、前立腺がんの広がりをそれによって知ることができます。
確定診断が下されたら、次に病期診断、つまり、どのくらい進行しているのかを確かめます。

画像診断としては、MRI、CTを用いて、リンパ節転移の有無や、前立腺の中にがんがあるのか、少しはみ出している浸潤がんなのかを検査します。また、前立腺がんは骨に転移することがほとんどですから、骨シンチグラフィーで転移の有無を調べます。

現在における診断の問題点と治療法の選択

ここで、診断における問題点なのですが、早期がんと浸潤がんというのは、100%見分けることが今の画像診断ではできないということがあります。
前立腺がんは、早期がんであっても目に見えない転移や浸潤がんを有していることが少なくありません。それを何とか克服できないか、ということで、リスク分類など、新たな病期の進行を測るための手段が提案されています。

限局性前立腺がんに対するリスク分類は、低リスク、中間リスク、高リスクの三群に分けます。すると、リスクが低いほど、浸潤がんの可能性も低くなる、というデータがあります。
ただ、これでもまだ不十分です。東京医科大学時代に私が手術を行った1000例近くの患者さんの統計を見ると、低リスクと診断されていた患者さんに手術をして実際に細胞を調べてみると浸潤がんだった確率が10%あるんです。中間リスクで18%、高リスクだと約30%でした。すると、単独治療では根治は望めない可能性があるということです。

こういう目で、病期と治療法を見てみると、どの治療法を選択したらいいか、悩んでしまうわけです。
私が手術を推奨する理由は、早期がん、浸潤がんのどちらでも対応が可能であるからです。つまり、手術で採ったものを病理で調べてみると、早期だったのか、少し浸潤していたのかが分かり、その結果として追加治療が必要なのかが判断できるわけです。二次治療として放射線治療も使えます。
もちろん、早期の前立腺がんの場合には、あえて経過観察にとどめるPSA監視療法というものがあります。前立腺がんが軽いものなら経過を観察し、進行しそうなときに局所治療で積極的に治療するというものです。

前立腺がん全摘除術の難しさ

前立腺がんでは、基本的に前立腺の全摘除術が行われます。方法としては大きくお腹を開ける開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット手術の三つがあります。前立腺をすべて切り取り摘出するという点では同じです。
手術は、早期の前立腺がんに対して長期生存が最も期待できます。
ただし、難しい手術です。なぜ難しいかというと、前立腺は恥骨の真裏にあって、そのロケーションが手術操作を邪魔します。しかも、まわりに隙間がまったくありません。周囲に密着しているものは血管や神経など、すべてが重要なもので、そこを痛めると何かしらの合併症や後遺症が出てしまいます。

たとえば、手術しているときの大出血、直腸に穴が空いてしまうという術中合併症や、尿失禁、勃起障害など術後の合併症が起こり得るわけです。
しかし、それをこわがっていると、前立腺がすこし残ってしまって、そこにたまたまがんがあれば、がんをとりきれない、ということになります。断端陽性(がんの取り残し)と呼ばれるものです。

それらをすべて克服したいと、術者である私たちは考えてきました。その答えが現在のところ、ロボット手術ということになるのです。

写真:新百合ヶ丘総合病院の「ダヴィンチ」
術者がサージョンコンソール(右のコントロールボックス)に座り、ビューポートをのぞきながら、手元で機械を遠隔操作し、関節機能を持つ鉗子を動かして手術を行います

開腹手術、腹腔鏡手術からロボット手術へ

開腹手術は大きく切る手術です。手術時間も短くて習得しやすいという特徴がありますが、傷が大きく、それゆえに痛い。社会復帰が遅れるというデメリットがあります。それと何百例やっても、患者さんの前立腺の大きさや、体型によっては、大出血が起こりうる。これが人の手で行う手術の限界だと言われています。

この開腹手術のデメリットを補うために出てきたのが、腹腔鏡手術です。
これはお腹を二酸化炭素で膨らませてスペースをつくり、小さい穴からカメラと長い棒状の鉗子を入れて手術をします。圧力が高い状態で手術をするので、止血効果があります。
低侵襲手術と言われ、傷が小さくて痛みが少なく、早く社会復帰ができるということになりました。
しかし、デメリットがあります。カメラから撮った映像はテレビと同じ平面画像ですから、遠近感がない。使っている鉗子も人間の手に比べれば不器用で、真下に切りたくても、鉗子が曲がらないから切れないということに悩まされます。

ひとの手は自由度が7と言われます。手首が曲がる、指が動く、肘を曲げたり回転させることができる。すると、どんどん器用になっていくのですが、腹腔鏡の鉗子は自由度が2です。非常に不器用な鉗子を使って、遠近感がわからない中で手術をします。ですから、とても難しい。この手術に習熟するには、100例の手術を要すると言われています。それでは、なかなか普及させることができません。
もっと早く習得できて、どんな手技者でも習得しやすい手技がないかということで、ロボット手術が広まってきました。

「ダヴィンチ」によるロボット手術とは

ロボット手術も腹腔鏡と同じで、お腹を二酸化炭素で膨らませ、小さい穴から3D内視鏡と鉗子(インストゥルメント)を入れて手術します。ですから止血効果があり、鉗子の動きは自由度が高いので、人の手と同じことができます。「ダヴィンチ」というロボットの鉗子の自由度は7で、それだけ器用な動きが可能になっています。
(写真右下:ダヴィンチの鉗子は人間の指先のように繊細で器用な動作が可能)

ロボット手術は、術者がサージョンコンソールというコントロールボックスに座って、患者さんの横にある機械を動かして手術をします。
術者は、ビューポートという双眼鏡のようなところから3Dの動画像でお腹のなかを見ながら手元にある空間で機械を遠隔操作します。腹腔鏡手術の欠点を克服し、関節機能を持つ鉗子は360度、自分の手よりも可動域が広く、さらに手ぶれ補正機能によって無意識のうちに起きる手の震えは除去されます。
非常に小さい5ミリから1センチの鉗子はひとの手で行う開腹手術よりも精密な操作ができます。手の動きは鉗子の先端の動きに直結しており、自分の手で手術をしている感覚です。

ロボットという名前がついているので、ロボットが自動的に手術を行うように思われるかもしれませんが、あくまでもこれは優秀な道具であり、術者が前立腺がんの開腹手術あるいは腹腔鏡手術を的確に行えることが大前提です。トレーニングも不可欠です。訓練を重ねれば、小さな折り紙で100円玉サイズの鶴を5分ほどで折り上げられるようになります。

海外におけるロボット手術の普及と日本の現状

手術支援ロボット「ダヴィンチ」は、ヨーロッパで1999年に薬事承認されています。
アメリカでは2000年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を受けてから、去年の12月の段階で合計2153台が納入されました。人口15万人に1台ということですから、ごく一般的なものになってきたと言えます。
世界的な使用状況としては、泌尿器科の前立腺がん全摘が一番多く、2009年だけで9万件が行われており、現在は婦人科の子宮がん手術でも行われるようになってきています。

アメリカでの前立腺全摘除術の変遷は、1996年までは開腹手術しかありませんでしたが、2001年には、腹腔鏡手術が5%になりました。「ダヴィンチ」が出現したのがちょうどこの年で、ロボット手術が行われるようになると、数年後には85%以上に普及し、今はほぼ100%が「ダヴィンチ」によるロボット手術です。

泌尿器科のがんについて見てみると、前立腺がんはすでにロボットに移行し、膀胱がん、小さな腎がんについても、前立腺がんでロボットの操作に慣れた術者は積極的にロボットで行うようになっています。アメリカでは、5年、10年後には、おそらくすべてロボット手術に移行しているだろうという時代を迎えているわけです。

私がロボット手術を始めたのは2006年ですが、日本では薬事法の関係で10年遅れてしまいました。
ようやく2012年の4月に前立腺がんで保険収載が通り、その後爆発的な普及が始まりました。現在は190台以上の「ダヴィンチ」が国内に納入されていますが、そのうち約80%は泌尿器科で使われています。
国内での前立腺に対するロボット手術件数は、2014年で年間6000件を超えました。日本で1年間に行われる前立腺がん手術件数は1万5000件くらいだと言われていますから、2015年にはおそらく7割から8割がロボット手術になるでしょう。

ロボット手術のメリット

最後に、ロボット手術のメリットをまとめますと、手術時間は開腹手術よりも早く、出血量も圧倒的に少ない。輸血もほとんどすることがなくなりました。がん制御としての断端陽性率では、開腹手術で16.8%だったのが、9.6%ということで、ほぼ半分です。

術後の後遺症では、尿失禁も改善されています。神経温存という特殊な手術をしたひとに限りますが、勃起機能の温存は開腹手術で50%から60%だったのが93.5%になっています。明らかに質の違う手術ができるということです。

傷が小さくて痛みも少ないので、たいてい手術の翌日から歩くことができますから、早めに退院できるし、早く社会復帰ができます。
自宅に帰ったらゴルフをする、というような、これまでは考えられなかったようなことが、ロボット手術では可能になっています。
 

名医が語る最新・最良の治療 前立腺がん
(法研 ベスト×ベストシリーズ 2011年出版)
前立腺がん治療の第一人者11人が最新の信頼できる治療法をわかりやすく解説。
吉岡邦彦先生はロボット手術について解説しています。