メディコンパス/2022年3月取材:South Tohoku Drug Discovery and Cyclotron Research Center

南東北創薬・サイクロトロン研究センター 所長
松田 博史 先生に聞く 半導体PET診断と核医学

南東北創薬・サイクロトロン研究センター
がんの高精度画像診断とアルツハイマー病の超早期診断


南東北病院グループ 南東北創薬・サイクロトロン研究センター 所長
公立学校法人福島県立医科大学 生体機能イメージング講座 主任教授
松田 博史 先生
Hurisgu Matsuda M.D., Ph.D
 

専門分野
脳核医学、脳画像解析

● 放射線診断専門医
● 核医学専門医
● 認知症専門医 
● PET 核医学認定医
● 第1種放射線取扱主任者

所属学会
日本核医学会/日本医学放射線学会/日本認知症学会(名誉会員)など
 
主な編著書
『認知症イメージングテキスト、画像と病理から見た疾患のメカニズム』(医学書院)
『こう読む認知症原因診断のための脳画像―内科系と脳外科の診断流儀―』(ぱーそん書房)
『ここが知りたい認知症の画像診断Q&A』(harunosora)
『最新脳SPECT/PETの臨床』(MEDICAL VIEW)
『核医学を変えるSPECT/CT』(WILERY-BLACKWELL)
*松田博史先生は、MRI画像を解析して脳の萎縮度を調べる「VSRAD(ブイエスラド)」というソフトウェアの開発者としても知られています。

Profileプロフィール
1979年 金沢大学医学部医学科 卒業
1983年 金沢大学大学院医学博士課程 修了
1983年 金沢大学医学部核医学科 助手
1984年 カナダ モントリオール神経学研究所研究員(~85年)
1992年 金沢大学医学部核医学科 講師
1993年 国立精神・神経センター武蔵病院放射線診療部長
2004年 埼玉医科大学国際医療センター核医学科教授、診療科長
2012年 国立精神神経医療研究センター
脳病態統合イメージングセンター センター長2020年 一般財団法人脳神経疾患研究所
南東北創薬・サイクロトロン研究センター 院長2021年 4月~ 現職

南東北創薬・サイクロトロン研究センターは、がんとアルツハイマー病を2本の柱とし、半導体PET-CTを用いた精度の高い画像診断や臨床研究を実施しています。
特にアルツハイマー病に関しては、PET、CT、MRIなどを統合した新たな画像解析による超早期診断の実現に向けた研究に力を入れています。
同研究センター所長 松田博史先生に、研究内容の一部を紹介していただきました。

半導体PETについて

— 半導体PETについて教えてください。

PET(ペット)とは、ガンマ線を出す薬を体内に投与し、がんや臓器への集積を画像にする検査装置です。ガンマ線を検知するのがシンチレータという検出器で、ガンマ線があたると弱い光を放ち、これを増幅して画像にします。
これまでは光電子増倍管という真空管で増幅していましたが、南東北創薬・サイクロトロン研究センターの半導体PETは、シリコン素子を使っています。そのため、センサーとしての感度が高く、効率よくガンマ線を検出できます。
半導体PETは、より短い時間で小さな病変を鮮明に見ることができます。これまでのPETでは30分かけないと見えなかったようなものが、10分ほどで見えるようになります。また、8ミリくらいまでしか捉えられなかったがんの転移巣も、5ミリくらいのものまではっきり検出できます。すなわち、かなり小さながんの早期発見や、より精度の高い画像診断が可能です。
当センターの半導体PET-CTは現時点で最高性能のものです。これにセンター内の創薬研究所で製造する特殊なPET検査薬剤を用いることで、がんやアルツハイマー病などの画像診断に関する研究を進めることができます。

半導体PET-CT
従来のアナログPET画像と半導体PET画像の比較

アミロイドPETによるアルツハイマー病の超早期診断

— アルツハイマー病は、PETを用いて画像診断ができるのでしょうか。

認知症をきたす最大の原因はアルツハイマー病です。アルツハイマー病は非常に長い経過をたどる病気で、15年くらいかけて脳に溜まるアミロイドβというタンパクが引き金になると考えられています。
当センターでは、認知機能が正常なうちにこのアミロイドβタンパクの蓄積をPETイメージング検査で見つけ、早期診断に役立てようという研究を進めています。アミロイドPETの検査薬剤も、創薬研究所で合成した研究用の性能の良いものを使っています。

アルツハイマー病をめぐる診断と治療の現状

 
— アルツハイマー病は治せるようになるのでしょうか。
 
アミロイドPET検査は、現在、保険診療ではなく、研究として行っています。何故かというと、学会のガイドラインで「一般の検診目的でアミロイドPETを使用するのは控えてください」ということになっているからです。アルツハイマー病にはまだ根本的な治療薬がないことがその理由です。
ところが最近、アデュカヌマブというアルツハイマー病の治療薬がアメリカで承認されました。ただし「認可にあたっては再評価を要する」という条件がつきました。さらなる検討をして、もし有効性が認められなければ取り消されるということです。
この薬は、欧州、日本でも申請されました。結果としては、欧州では却下され、日本では継続審議となっています(2021年12月)。
欧州でなぜ認められなかったのかというと、ある程度の効果はあるのですが、脳の浮腫や微小な出血が起きる可能性があり、そうした副作用を上回る効果も弱いのではないかと考えられたからです。
また、この薬は脳に溜まったアミロイドβタンパクを消すことができるのですが、それが消えればアルツハイマー病が進行しないかというと、まだはっきりしないところがあります。日本では、これからの治験でさらに検証が進められていきます。
こうしたことから、現在のところ欧州、日本に根本治療薬はありません。ただし、ほかにも有望な薬の治験が進められていますから、数年以内に治療薬を使える可能性があります。
当センターは治験可能施設として製薬メーカーにも協力して研究を進めています。薬が認可されるときには、アミロイドβの蓄積を見るアミロイドPETも保険承認されるでしょう。治す薬があれば、アルツハイマー病を低侵襲のPETで早期発見し、進行を抑えようということになります。

タウタンパクの蓄積を調べるアルツハイマー病のタウPET検査

— アルツハイマー病の診断に関しては、アミロイドPET以外にも取り組んでいる研究があるとうかがいました。

アルツハイマー病の診断にあたっては、アミロイドβタンパクだけでなく、タウタンパクの蓄積を調べることも重要です。脳内ではアミロイドβに続いてタウタンパクが蓄積し、2つが合わさることで神経細胞が死んで脱落し、認知機能が低下していくからです。アミロイドβの蓄積だけであれば、ある程度の影響はあっても神経細胞が死ぬようなことはないと言われています。
そのため当センターでは、アミロイドPETとタウPETを両方行うことでアルツハイマー病の進行をより正確に把握する臨床研究を進めています。
タウPETイメージングも進歩していて、非常に良いPET薬剤が開発されています。当センターでは創薬研究所によって製造可能になっています。
アルツハイマー病に関するこうした臨床研究や治験のデータは、世界中の研究者間で交換できるクラウド環境が整えられたことで、国際的な共同研究やグローバル治験の加速につながっています。

健常者とアルツハイマー病患者のアミロイドPET画像の比較
アルツハイマー病におけるPETイメージング:アルツハイマー病の診断に向けて、アミロイドβタンパクとタウタンパクの蓄積をPETやMRIで画像化し、進行を正確に把握する研究を進めています。

アミロイドβ蓄積の評価と脳機能ネットワークのMR研究

— 松田先生はアミロイドβの蓄積を細かく評価できるソフトウェアの開発なども行ってきたそうですね。

アルツハイマー病の評価に関しては、アミロイドβタンパクの溜まり具合を100段階で表すセンチロイドスケールという定量評価が世界標準になっています。PET画像を読影する際に、陰性か陽性かだけでなく、より細分化して評価する方法です。
私たちも数学的な定量評価のためのアミクオント®という新たなソフトウェアを開発しました。これによって、PETとMRI、CTの画像を自動的に解析し、0〜100段階で評価し分析することがとても容易になります。
また、MRIを用いた脳機能ネットワークの研究も進めています。たとえばアルツハイマー病は、脳内のあるネットワークが障害されていることが分かっています。今後、当研究センターにPET-MRという装置が導入されれば、脳機能障害に関する研究もさらに進展することが期待されます。

前立腺がんに対するPSMA-PET研究

— 今後はPETを利用した前立腺がん治療にも取り組んでいかれるとうかがいましたが。

前立腺がんに対しては、大阪大学の研究チームと協力して、前立腺がん細胞の表面に特異的に存在するタンパク質(PSMA)をターゲットとするPET研究に取り組みます。
PSMA-PETとは、まずPET薬剤がどのくらい前立腺がんに集まるかを調べ、次にα線の核種をつけた薬剤と入れ替えて同じところに集積させ、薬剤から放射線を出して細胞レベルの治療を実現しようとするものです。
このPSMA-PETは、世界的に広く普及しているのですが、国内ではまだ行われていません。現在、国内で治験が進行中ですが、検査薬剤を当センター内でも合成し、ほかの大学や研究機関との共同研究を進めていきたいと思います。

このように、南東北創薬・サイクロトロン研究センターでは、がんとアルツハイマー病を2つの柱とし、診断や治療に直結する新しいPET薬剤の開発と基礎研究、臨床研究に取り組み、最新医療の一翼を担っていきたいと考えています。
 
 
 


南東北創薬・サイクロトロン研究所センター

■ 福島県郡山市八山田七丁目61番(総合南東北病院 管理棟西側、南東北医療クリニック南側)
■ 地上2階・地下1階

〇 南東北創薬・サイクロトロン研究所センターは、PET検査の新しい可能性を切り拓くことを目的として2019年6月に開院しました。

〇 BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の適応診断や効果予測のためのFBPA-PET、認知症の超早期診断につながるPET研究などを行っています。

〇 診断・治療に直結する新しいPET薬剤の開発と基礎および臨床研究を、先行している南東北医療クリニックPETセンターと連携して進めています。南東北病院で臨床使用が承認された薬剤は以下のとおり。
18F-FDG, 11C-methionine, 11C-choline, 11C-PiB, 18F-FBPA, 11C-flumazenil, 11C-raclopride, 11C-4DST, 11C-preladenant, 18F-NaF, 18F-FRP-170, 18F-FMISO, 15O-Oガス,18F-NAV4694, 18F-MK6240

〇 医用サイクロトロン、ホットセル7基、PET薬剤合成装置3台、無菌アイソレータ、自動品質管理装置、半導体PET/CT、動物用PET/MRIを有し、GMP*下で薬剤合成の運用が可能。
* GMPとは、「Good Manufacturing Practice」の略。「医薬品の製造管理及び品質管理の基準」のことであり、厳格な基準をクリアすることで許可・承認されます。)

〇 半導体PET/CTは112リングの検出器を有し、体軸方向のFOVは300mmと長く、高感度(16cps/kBq)かつ高解像度(2.9mm FWHM)で撮像できます。また、外部装置を用いることなく頭部の動きや呼吸をモニターすることにより、アーチファクト*の低減が可能。従来機種よりも小病変の検出が短時間で可能です。
* ノイズなど)

* 参考資料:「最新PET(薬剤および装置)」松田 博史(南東北創薬・サイクロトロン研究所センター 所長)/第42回日本臨床薬理学会学術総会 抄録(開催日: 2021/12/09 – 2021/12/11 シンポジウム)

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