南東北病院グループ / 認知症への取り組み(2)
脳と腸 認知症との関わり
わが国の認知症患者数を半分に減らすために
東京クリニック 認知症・もの忘れ外来
堀 智勝 先生
Tomokatsu Hori M.D., Ph.D.
東京女子医科大学 名誉教授
元 東京女子医科大学 脳神経センター長
【 専門分野 】
脳神経外科(脳腫瘍、脳血管障害、脊椎脊髄疾患、顔面けいれん・三叉神経痛、てんかん、パーキンソン病、認知症)
【 専門医 等 】
日本脳神経外科学会指導医・専門医 / 日本てんかん学会専門医 / 脳卒中学会専門医 / 日本神経内視鏡学会専門医 / 日本リハビリテーション学会認定臨床医 / 日本認知症学会指導医・専門医 / 日本脳卒中学会専門医 / 日本頭痛学会専門医
【 Profileプロフィール 】
1968年 東京大学医学部卒業
1973年 フランスパリサントアンヌ病院脳外科留学
てんかん他機能脳外科(〜75年)
1981年 鳥取大学脳外科助教授、教授、施設長
1998年 東京女子医科大学 主任教授、センター長
2009年 森山記念病院名誉院長
2012年 新百合ヶ丘総合病院名誉院長
2016年 森山脳神経センター病院院長
認知症患者を半分に減らす
認知症とは〝症状〟を指す言葉で、原因となる病気にはさまざまなものがあります。一番多いのがアルツハイマー型認知症で、認知症全体の50〜60%を占めています。
「もの忘れ外来」では、最初に問診や診察をして、認知機能を検査します。どれだけ生活に機能障害があるかを重視し、問題があればMRIなどで画像検査を行い、原因疾患や重症度の鑑別、診断を総合的に行います。
血圧、血液検査を含めた内科的疾患も調べます。認知症は、全身の病気の影響をかなり受けるので、こうしたチェックは欠かせません。
MCIの段階で早期発見し認知症への移行を防ぐ
日本は世界一の認知症大国です。2025年には、認知症患者数は700万人前後に達すると予測されています。深刻な状況ですが、仮に認知症の発症を5年遅らせることができれば、認知症患者を半分に減らすことができます。先日、レカネマブというアルツハイマー病の新薬が登場しましたが、それだけでは十分とは言えません。では、どうすれば良いか、別の視点も含めて考えてみたいと思います。
海馬領域の萎縮とVSRAD
私は脳神経外科医ですが、東京クリニックで認知症・もの忘れ外来を担当しています。
認知症は、精神科、神経内科、老年科の病気と思われがちですが、認知症には、脳神経外科が扱う血管性の疾患や、脳腫瘍、てんかんなどに起因するものが少なくありません。認知症・もの忘れ外来では、こうした原因疾患の鑑別診断を行い、治療を進めていきます。
アルツハイマー病は、「ちょっとだけ忘れっぽい」というMCI(軽度認知障害)の段階で早めに発見し、レカネマブなどを利用して早期治療すべきです。
アルツハイマー病に特有とされる海馬領域の萎縮を調べるためには、VSRAD(ブイエスラド)という診断支援システムが威力を発揮します。撮影した頭部MRI画像をコンピュータが解析し、記憶に関する海馬の萎縮を明瞭かつ容易に把握できます。
アルツハイマー病が進行するプロセスとPETを用いた発症前診断
アルツハイマー型認知症が進行するプロセスは、まず脳のなかにアミロイドβというタンパクの一種が10〜20年ほどかけて溜まり、〝シミ〟のような老人斑が現れます。
アミロイドβは正常な人の脳でもつくられますが、通常は分解、排出されて増えることはありません。ところが、老化などで産生と分解のバランスが崩れると脳に蓄積されていきます。すると、脳の神経細胞のなかにあるタウというタンパクの異常なリン酸化が起きて神経細胞が死滅していき、その結果脳が萎縮します。
こうした進行は記憶をつかさどる海馬から始まるので、最初に記憶の障害が起き、やがて病変が脳全体に広がって認知症に至ります。
アミロイドβの蓄積は、PET(ペット)を用いて評価することができます。南東北病院グループでは、これまでも臨床研究というかたちでアミロイドおよびタウPET検査を行い、診断に役立ててきました。
アルツハイマー病の病理
アルツハイマー病がはじめて報告されたのは1906年です。そのときの病理変化の報告は、実は3つありました。まず、アミロイドβ蓄積、老人斑です。次に神経原線維変化。これはリン酸化されたタウタンパクの蓄積です。こうした点に注目してレカネマブという新薬が誕生しました。タウに対する治療薬はまだありませんが、アミロイドβが減るとタウも減ることが分かってきました。
ところが、3つめの報告についてはあまり注目されず、今日に至っています。それが脂質の流出、すなわちグリア細胞への着目です。
脂質の流失とグリアの再評価
脳は神経細胞だけでできているわけではありません。多くはグリア細胞といういろいろな細胞が占めています。このうちの細胞のひとつは、神経細胞の突起(軸索)にミエリン(髄鞘)と呼ばれる膜をバウムクーヘンのように巻きつける働きをし、流れる脳の信号を加速します。(図1)
例えばピアノの練習をすると、その分だけミエリンの膜の巻きつきが増え、反応が高まるのが良い例です。
このミエリンは脂質が豊富ですが、老化、血管障害などで弱ると脂質が流出して減ってしまいます。ミエリンが減少すると、信号速度が遅くなり、脳の働きも遅くなります。
これまで、グリア細胞は脳内環境を維持し、神経細胞の活動を手助けする脇役だと考えられていましたが、近年では再認識されつつあります。グリア細胞がてんかんに関わっていることも分かり、分子メカニズムの解明も進められています。
脳腸相関と腸内細菌
腸内細菌についての研究は遺伝子解析技術の進歩で飛躍的に向上しました。腸内細菌の働きは、糖尿病や肥満、心疾患にも影響すると考えられるようになり、認知機能との関連を指摘する研究結果も得られています。食生活などを改善することが認知症のリスクを減らす可能性があるということです。
パーキンソン病も、原因が腸にあるのではないかという指摘があります。腸内でつくられる異常なタンパクが神経を通って脳に送られ、パーキンソン病やレビー小体型認知症の症状が現れるというのです。
腸は、交感神経や副交感神経を通して脳とつながり、密接に関係しあっています。こうした脳腸相関の仕組みの解明はこれからですが、お花畑のように広がる腸内細菌叢は腸内フローラ検査で簡単に調べられます。参考にしてみるのも良いでしょう。
フィンガー試験で示された認知症の予防効果
予防について考えるとき、フィンランドで実施されたフィンガー試験はとても参考になります。これは認知機能障害予防高齢者介入研究の略称で、2009年から2011年にかけて2年間実施されました。認知症リスクがやや高い高齢者を対象に、栄養カウンセリング、運動習慣、代謝・血管性危険因子の管理など、認知症発症のリスクを下げると考えられるプログラムを実際に検証してみたのです。結果は有意を示すものでした。
また、アメリカ国立衛生研究所は、2010年に認知症予防に有効と考えられる8つの提案をしています。フィンガー試験の介入項目とも重なる提案で、認知症を半分にする希望を持つことができます。(表1)
こうした提案をもとに生活習慣を見直し、腸内細菌叢を調べて整え、VSRADによる脳萎縮検査でスクリーニングするだけでも、認知症発症のリスクをかなり下げられるのではないかと考えられます。
[ 認知症特集 目次 ]
○ はじめに 一般財団法人 脳神経疾患研究所 最高顧問 吉本 高志 先生
① 認知症の早期診断と最新治療 総合東京病院 もの忘れ外来 羽生春夫 先生
② 脳と腸 認知症との関わり 東京クリニック 認知症・もの忘れ外来 堀 智勝 先生
③ 酒と認知症の関係について 東京クリニック 総合診療科 北本 清 先生
④ アルツハイマー病の解明と画像診断 東北創薬・サイクロトロン研究センター 所長 松田博史 先生