南東北病院グループ / 認知症への取り組み(4)
アルツハイマー病の解明と画像診断
PETイメージングによって新たな時代を迎えるアルツハイマー病の診断と治療
松田 博史 先生
Hiroshi Matsuda M.D., Ph.D.
福島県立医科大学生体機能イメージング講座 教授
前 国立精神神経医療研究センター脳病態統合イメージングセンター長
前 埼玉医科大学国際医療センター 核医学科 教授
【 専門分野 】
脳核医学、脳画像解析
【 専門医 等 】
放射線診断専門医 / 核医学専門医 / 認知症専門医 / PET核医学認定医 / 第1種放射線取扱主任者
【 Profileプロフィール 】
1979年 金沢大学医学部医学科卒業
1983年 金沢大学大学院医学博士課程 修了
1984年 カナダモントリオール神経学研究所研究員(~85年)
1992年 金沢大学医学部核医学科講師
1993年 国立精神・神経センター武蔵病院放射線診療部長
2004年 埼玉医科大学国際医療センター核医学科教授、診療科長
2012年 国立精神神経医療研究センター脳病態統合イメージングセンター長
2020年 一般財団法人脳神経疾患研究所
南東北創薬・サイクロトロン研究センター院長
2021年 4月~ 現職
アルツハイマー病とアミロイド仮説
アルツハイマー病の原因について有力とされる説にアミロイド仮説があります。アミロイドβというタンパクが15年ほどの長い年月をかけて脳に溜まり、それが引き金となって認知症に至るのではないかという仮説です。
ところで、アミロイドβは脳のゴミのようなもので、人によっては50歳頃から脳に溜まりはじめ、健常な人でも80歳代後半では約半数の人に溜まっていることが知られています。アミロイドβが脳に溜まっていても認知機能が正常に保たれている人がいることを考えると、アミロイドβだけでは認知症の症状は出ないことになります。
では、認知機能の低下に何が作用するかというと、アミロイドβに続いてタウというタンパクが溜まり、両者が出会うことが問題なのではないかと考えられています。
タウは加齢とともに主に側頭葉の内側から溜まりはじめます。しかし、そのときアミロイドβが脳に溜まっていなければ、認知症にはなりません。ところが、アミロイドβが溜まっていると、タウの異常なリン酸化が促進されて神経細胞が死に、神経変性が進みます。さらに、タウはアミロイドβと出会うことによって大脳皮質に進展していき、認知機能の低下が進んでいくのです。
当研究センターでは、こうした生体脳のアミロイドβやタウの蓄積をPET(ペット)で画像として可視化し、アルツハイマー病の病態解明や診断、治療薬の開発に役立てる研究を進めています。
新しい治療薬「レカネマブ」とアミロイドPET検査
アミロイド仮説に基づく治療戦略としては、脳からアミロイドβやタウを取り除くという方法が考えられます。世界中でそうした治療薬の開発が進められていますが、先日、レカネマブという薬が日本で保険適用となりました。当研究センターはその治験にも携わり、効果の判定や臨床研究を続けるとともに、新たな治験にも取り組んでいます。
レカネマブは、軽度認知障害(MCI)から軽度の認知症の人を対象とし、アミロイドβを脳から除去して認知症の進行を抑制しようとする薬です。2週間ごとに点滴で投与し、投与期間は原則1年半になります。
投与にあたっては、「もの忘れ」のような早期の段階でアミロイドβの蓄積を調べ、陽性の判定がなければなりません。そのため、これまで研究として行われてきたアミロイドPET検査は、レカネマブとともに保険収載されることになり、診断に不可欠なものとなりました。
治験では、1年半のレカネマブ投与で、認知機能低下が平均で27%緩やかになったことが示されています。人によっては進行を2〜3年遅らせる可能性があるということです。
ただし、脳出血や脳浮腫などの副作用も報告されているため、投与開始から半年ほどは数ヵ月に1度、定期的に脳をMRIで検査し、副作用がないかを確認することが求められます。
タウPET検査とアルツハイマー病研究
アルツハイマー病の診断にあたっては、本来であればアミロイドβだけでなく、タウも重視すべきです。タウPET検査薬剤のひとつは、すでに米国FDA(食品医薬品局)で診断薬として認められ、広くその意義が認識されています。
当研究センターの臨床研究では、アミロイドβが溜まっている人に対しては、必ずタウPETも行ってきました。
すると、アミロイドβの蓄積は認知機能の低下と相関せず、タウの蓄積は認知機能と相関し脳の萎縮に先行する、ということが分かります。
また、レカネマブが効いている人はタウの集積も落ちていることが分かり、アミロイドβを基底としてタウの進展があるのではないか、すなわちアミロイド仮説を支持する結果を示すものではないかと考えられます。
アルツハイマー病の診断
認知症の原因がアルツハイマー病か、それ以外かを診断する上でも、アミロイドPETは役に立ちます。陰性、つまりアミロイドβの蓄積がなければ、アルツハイマー病はほぼ否定されます。しかし、少量のアミロイド蓄積の陽性例では、陽性か陰性かがまぎらわしく、判定の難しいケースが1〜2割くらいあります。
そこで、注目されるのがセンチロイドスケールです。アミロイドβの溜まり具合を、100段階で数値化して定量評価し、判定を支援します。
私たちもアミクオントという新たなソフトウェアを開発しました。PET、CT、MRIの画像からセンチロイドスケールを自動的に算出し、さらにアミロイドβの蓄積部位を色分けした画像として示し、読影診断を支援します。
認知症領域における画像診断は飛躍的な進歩を遂げています。当研究センターでは、こうした研究を通して最新医療の一翼を担っていきたいと考えています。
PET(ペット)とは、特殊な薬剤を体内に投与し、その集積を映し出すことで生体機能を画像化する検査装置です。
さまざまなPET薬剤を用いることで、がんやアルツハイマー病の高精度診断や研究に寄与します。
南東北創薬・サイクロトロン研究センターの半導体PETは、従来のPETに比べて、より精度の高い画像診断が可能であり、アミロイドPET、タウPET検査・研究に用いられています。
[ 認知症特集 目次 ]
○ はじめに 一般財団法人 脳神経疾患研究所 最高顧問 吉本 高志 先生
① 認知症の早期診断と最新治療 総合東京病院 もの忘れ外来 羽生春夫 先生
② 脳と腸 認知症との関わり 東京クリニック 認知症・もの忘れ外来 堀 智勝 先生
③ 酒と認知症の関係について 東京クリニック 総合診療科 北本 清 先生
④ アルツハイマー病の解明と画像診断 東北創薬・サイクロトロン研究センター 所長 松田博史 先生